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祝福に生きる人

- 2001年1月11日 -

 水野明廣 師

創世記 12:2

  イエス様が来られたのは、神の御子の受け継ぐべき恵みを私たちが受け継ぐためです。祝福に生きる人はどういう人のことでしょうか。

 アブラムは祝福される者として召し出されました。主はアブラムに『生まれ故郷を出て私が示す地へ行きなさい。』と言われました。そしてアブラムは主が言われたとおりに出かけていきました。しかし、出かけていってすぐに祝福されたでしょうか?
 飢きんにあった時、彼は神により頼む一方で人知に頼ってエジプトに行きました。また、エジプトでも、自分の身を守るために神の守りがあるのに人知に頼って奥さんを妹だと偽ったため、パロに大変な災いをもたらしました。それでも主は、アブラムを祝福されつづけました。それは主が召し出されたからです。

 そして、さらに祝福がもたらされたのは、彼が主にとどまって御心をおこなう者であったこと、また、十分の一を捧げる者であったからです。
 創世記12:2、『私が示す地へ行きなさい。そうすれば私はあなたを大いなる国民としあなたを祝福し〜』とあるように、アブラムは御言葉に従順でした。さらに、律法がモーセを通して来る前からすでにアブラムは十分の一を捧げていました。アブラムはソドムの富により頼むのではなく、神に頼ることを選んでいきました。

 では祝福とは何でしょうか。
 祝福には大きな三つの意味があります。『主があなたを祝福し、あなたを守られますように.主が御顔をあなたに照らし、あなたを恵まれますように.主が御顔をあなたに向け、あなたに平安を与えられますように。』(民数記6:24-26)とあるように、祝福の三要素の守り・恵み・平安を表しています。

  『アブラムよ。恐れるな。わたしはあなたの盾である。あなたの受ける報いは非常に大きい。』(創世記 15:1)神の御心にかなった人とは?もし、主の言われるとおりに事をおこなったら・・・
 神は御心にかなう人に知恵と知識を与えられます。このように御言葉の通りにおこなうことがいかに大切かおわかりでしょうか。。イエス・キリストの十字架によって救われた私たちは『私のものは誰も私から奪うことはできない』とあります。ですから、私たちはイエス・キリストのものです。アブラムのように祝福のなかを生きて行きましょう。

 

2001/01/11更新

 

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