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聖日一部礼拝

- 2001年3月4日 -

 水野明廣 師

第一歴代誌4:10

今日のメッセージは祈りの中で早く皆さんにお伝えするべきだと感じたところです。 『私たちを一番よく知っていてくださるお方が、私たちを一番愛して下さいます。』 私たちを一番愛してくださった主は、何を私たちにしてくださったでしょうか?

十字架の死によって私たちに救いをもたらすという愛をあらわされました。そして、常に主は私たちを祝福しようとしておられます。それは主が十字架の勝利を決して無駄にしないでほしいと思われているからです。歴代誌の中に出てくる『ヤベツ』という名前の由来は、苦しみ悲しみの中で生まれると言う意味でした。望まれて生まれてきた人も多いのですが、ヤベツのように望まれず生まれてきた人もいます。しかし、ヤベツは呼ばわるべきイスラエルの神を知っていました。そして多いに主に祝福を願い、それが主に聞き届けられました。

イエス・キリストが十字架にかかったのは、私たちの呪いを身代わりに身に受け、それを打ち砕いてくださるためでした。私たちがイエス・キリストを通して罪の呪いから解放され、天国に行くことができるようにしてくださったのです。また、それだけではなく、神の民として一切の呪いを受けることなく、祝福に生きることができるようにされました。
では祝福をすべての人が必然的にうけることができるのでしょうか?主に祝福を求めることは必要なことです。 神の王子、神の皇太子と言う意味である『イスラエル』の神が私たちを祝福してくださいます。

ヤベツは主に4つの祝福を祈りました。

1、 私を多いに祝福してください。 主にお金や健康、食べ物も捧げようとするなら自分自身がそれを持っていなかったり、祝福されていないとできません。他の人を祝福するためにはまず、自分自身が祝福される必要があります。私をもっと祝福してください。と主に祈る必要があります。 私たちが祝福されるということは、主が祝福される良いお方であることを証することができます。祝福は人を富ませます。経済的にだけではなく、健康においても心においても豊かに富ませられるお方です。それは主御自身が栄光を受けられるためです。

2、 私の地境を広げてください。 地境というと土地の意味にとられますが、ここでは自分の持ち物や能力、才能も広げてくださるということをあらわしています。自分自身で能力に『私はこれだけしかできない。』と制限をつけることをせず、主に広げていただきましょう。

3、御手が私とともにあるように。 今以上のつとめ、働きの能力が与えられた時、それを活かして実行していくためには聖霊様の力は絶対必要になってきます。神の御前で実際に祝福を受けたならば聖霊様の力によってそれを活かしていけるように祈る必要があります。

4、 災いから遠ざけて私が苦しむことのないようにしてくださいますように。 誘惑、試練の時に祝福を取り逃がすことがないように、また、祝福を奪うものから守られるように祈りましょう。 神様の御前に祈り出て行くとき、人間の思いや考えは打ち破られます。イエス・キリストが十字架で死なれたのは私たちを罪から解放し、サタンの支配から取り戻すためでした。 主に叫び、求め、待ち望んでいきましょう。救われたら必然的に祝福が来ると思わず、常に主に祝福を求めつづけていきましょう。

 

2001/03/12更新

 

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