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祝福の現実2

- 2001年4月22日 -

 水野明廣 師

創世記28:16-19

1.まことに主がこの所におられる
2.こここそ神の家

神様からの素晴らしい祝福をヤコブは相続していきます。ヤコブという人がイスラエルという名前をもらいます。ヤコブという人はイスラエルというユダヤ人国家の大切な祝福の源となった人です。彼は何が何でも祝福がほしいというので、なりふり構わず祝福に固守して、お兄さんがもらうような祝福までも奪ってしまうという人でした。

お兄さんがお父さんお母さんの悲しみ、苦しみとなるような結婚をしたので、結果的にお父さんもお母さんもヤコブに祝福をすることを心よしとしていきます。もちろん神様の祝福を受け、そして祝福を相続し、お父さん、お母さんからも祝福を受けていきます。ところが、ヤコブの人生の何もかもがうまくいくと思ったらそうではなかった。
彼はお兄さんから、たいそう嫌われ、嫌われるどころか狙われ、そしてお兄さんが彼をいつか殺してしまうということを言い出してしまいます。そのために、ここでは危険だとお父さんもお母さんも判断されてヤコブは一人遥か彼方カランの地まで行かなければならなくなった。2つの理由があります。お兄さんは彼を嫌っているということ、命を狙っているということ、それからその地の女性と結婚するということによって偶像崇拝と乱れた生活が家に持ち込まれるということをこのイサクもお母さんのリベカも嫌いました。ですから何としてもそういう風習のない彼をカランの地からお嫁さんをもらってほしかった。
つまり1つはお兄さんとの関係がうまくいかないこと、もう1つはお嫁さん探しのためにわざわざ彼の方から出かけていったという訳であります。それが初めての経験で彼にとっては孤独で本当に辛い旅になったと思います。今まで家族といっしょに仲良く愛し合って楽しく過ごしていたのに今日から一人で旅をしていくというそんな時代が彼にきました。そしてもう彼は祝福とは違うような凄まじい辛い孤独の生活の中で、彼は旅路の中でなんと神様の前で素晴らしい祝福があるという現実を手にします。それは何かと言いますと彼は夢をみるのです。

皆さん良い夢は大事にして下さい。夢を奪われないようにして下さい。彼は素晴らしい夢を見たときに「あっ、神様がここに共におられる」とハッと気づきました。案外私たちは鈍感で主が共におられることを忘れてしまいます。主が共におられることを強烈に知るとき、体験するときは大勢の人たちの中にいる時ではなく、ひとりっぼっちになる時なのです。誰も孤独は好きではありません。
あるいは、見放されることも好きではありません。けれどもそのように人とのかかわり、人からの助け、守りとか囲いから自分が放り出されたとき、たった一人になったとき、実は、神があなたの家族でもなく、あなたの能力でもなく、あなたの財産でもなく、私こそあなたと共にいてあなたを守る者なのです。私たちにとってルズという言葉は決していい言葉ではありません。ルズという言葉は思いがけず、悪いことがおきた時に使う言葉です。
ヤコブにとって彼の人生は決して祝福の人生ではなく、計画とはまったく違った方向に行ってしまいました。まさにルズのような人生でした。でもそれから後、ベテルで神様がヤコブに出会ってくださったのです。

私たちの人生の中では一人一人違ったルズがあります。夢を持って将来を見つめて生きるときにスムーズにいくわけではありません。主の働きがしたいと思ったときに突然にあなたをとんでもないルズが働きます。邪悪な問題や忌わしい問題が起きたとき、実はそこがベテルになるということです。なんでこんなに辛い思いがけない事をするとき、神様がひょとしたらあなたに「わたしの方に向きなさい。 私こそあなたの主、あなたを救う者、あなたを癒す者、あなたを守る者、あなたに生きがいを与える者、あなたと私は出会いましょう」と。

今あなたにとってとんでもない嫌な事や辛い事が起きているのなら主に向いて下さい。すべてを創られた主なる神様、創造の主であります神様、あなたは良い父であり、良い主であられます。どんな事もマイナスや苦しみや痛みだけで終わらせないであなたが会って下さる場所、あなたの偉大さとあなたのやさしさとあなたの愛とあなたの慈しみを味わうことができますように働いてくださるお方、私の心を主に向けますから今出会ってください。

今語って下さい。 私にあなたの慰めとあなたの癒しとあなたの回復をお与えください。あなたご自身が救い主として癒し主として導かれるお方として私と共におられることを教えてください。

主よ、思いがけない出来事私がそんなふうになったと思っているのが辛い・苦しい・悲しい・痛み・その孤独の中でイエス様あなたが格別に介入されてヤコブに現れて下さった主、あなたが私と共にいるよう霊魔のお言葉をかけ、あなたの生きた御言葉によってあなたご自身と出会うという素晴らしい恵みを体験させて下さい。主よ、あなたご自身が触れて癒して下さい、満たしてください。アーメン

 

2001/04/29更新

 

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