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祝福の確信にとどまる

- 2001年6月17日 -

 水野明廣 師

創世記35:1〜10

34章でヤコブの息子たちがとんでもない事件を引き起こした結果、ヤコブの一族はその地の住民たちから狙われていた、そのただ中で神様から声がかかりました。「立ってベテルに上り、そこに住みなさい。そしてそこに・・・あなたに現われた神のために祭壇を築きなさい。」ヤコブはこの仰せに従ってベテル(神の家)に祭壇を築き、主を礼拝しました。すると「神は再び彼に現われ、彼を祝福された」のです。神様から明確なおことばを頂いた時は、その通りに行動しなければ、祝福にあずかることは望めません。ヤコブは、すでにヤボクの渡しで主からイスラエル(「神の王子」)という名前を頂いていた(32:28)のに、まだヤコブ(「押しのける者」)と名乗っていたようです。神様は「あなたの名は、もう、ヤコブと呼んではならない。あなたの名はイスラエルでなければならない。」と言われました。私たちも「キリスト・イエスに対する信仰によって、神の子ども」(ガラテヤ3:26)なのですから、堂々とそのように告白しましょう。無論聖霊様の助けの下に、「神の子ども」としての歩みをしなければなりませんが。

ヤコブのように主を礼拝することがどれほど重要か、強調しすぎることはありません。天にあるもの、地にあるものをすべて造られた神様(コロサイ1:16)は、真の礼拝者を求めておられます。「しかし、真の礼拝者たちが霊とまことによって父を礼拝する時が来ます。今がその時です。父はこのような人々を礼拝者として求めておられるからです。」(ヨハネ4:24)私たちが霊とまことによって礼拝することこそ主のみこころなのです。さて私たちは地上の歩みを終えて天の御国へ行ってから、いったい何をするのでしょう?「御名を、とこしえまでもほめ歌い」(詩篇61:8)、一日中主を礼拝するのです!「なんと幸いなことでしょう。あなたの家に住む人たちは。彼らはいつもあなたをほめたたえています。」(詩篇84:4)ですから、私たちが「御国が来ますように」と祈るときには、この地上において主を讃美し、礼拝しなければなりません。そして、心から礼拝を捧げる時、主はおことばを下さると共に、御手をもって介入されます。ヤコブは「神からの恐怖」に守られてスコテを旅立ち、祝福のことばを頂きました。初代教会は礼拝の中で聖霊様から導きを受けました(使徒13:2)。そして囚われたパウロとシラスが獄舎の中で主を礼拝した時、「たちまちとびらが全部あいて、みなの鎖が解けてしまった」だけでなく看守が救いを求めるという、驚くべき奇蹟が起きたのです(使徒16:25〜34)。

ここで心に留めなければならない事があります。主は「神のために祭壇を築きなさい。」と命じられ、ヤコブも「神に祭壇を築こう。」と応答したことです。私たちは本当に「神のために」礼拝を捧げているでしょうか。「好きな曲だから」「高揚するから」・・・「私のために」讃美を歌っていないでしょうか。主にふれられて、恵みと励ましを受けることも大切ですが、それが目的の礼拝・讃美では本末転倒です。主が「わたしのいこいの場は、いったいどこにあるのか。」(イザヤ66:1)と嘆かれてはいないでしょうか。ましてや日々の生活で、この世のものを礼拝し崇めているとしたら、それはサタンの誘惑(マタイ4:9)に負けているのです。断固として「引き下がれ、サタン。『あなたの神である主を拝み、主にだけ仕えよ。』と書いてある。」(マタイ4:10)と言えているでしょうか。日頃の礼拝への姿勢を吟味しましょう。

真の礼拝は、まず自分自身を「神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげ」ることです。「それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。」(ローマ12:1)私たちはイエス様の十字架の血潮で「代価を払って買い取られた」のですから「もはや自分自身のものではない」(1コリント6:19〜20)ということを、今一度確認して下さい。さらに聖霊様のお取り扱いによって常に自我が砕かれることを求めましょう。「神へのいけにえは、砕かれたたましい。砕かれた、悔いた心。」(詩篇51:17)「わたしが目を留める者は、へりくだって心砕かれ、わたしのことばにおののく者だ。」(イザヤ66:2)そして「神に向かって」歌う讃美(詩篇68:32)の中にこそ主が住まわれる(詩篇22:3)のです。

ダビデは歌いました。「私は一つのことを主に願った。私はそれを求めている。私のいのちの日の限り、主の家に住むことを。」(詩篇27:4)「私のたましいは、主の大庭を恋い慕って絶え入るばかりです。私の心も、身も、生ける神に喜びの歌を歌います。」(詩篇84:2)何よりも主御自身を切に求め、主の御臨在の中で、祝福の確信にとどまって下さい。


主イエス様、私もあなたを求めます。あなたに向かって歌い、あなたが喜ばれる礼拝を「あなたのために」捧げます。私の能力や努力を超えて、真の礼拝者となれますように、聖霊様特別に助けて下さい。イエス様の御名によってお願いします。アーメン。

 

2001/06/20更新

 

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