トップページへ神の家族キリスト教会

 

祝福の確信(2)

- 2001年7月8日 -

 水野明廣 師

創世記35:1-10

ヤコブは、神の祝福を最も大切にするゆえに、自分たちの中から全ての偶像を取り除き、身をきよめ、そして神のために祭壇を築きました。私たちが祝福に生きるためには、聖めが大変重要です。イエス様が十字架で命をささげられたのは、ご自分のために、私たちをきよめるためでした(テトス2:14)。神のみこころは、私たちが聖くなることであり(I テサロニケ4:3)、神が私たちを召されたのは、聖潔を得させるためです(I テサロニケ4:7)。

最近、水道水よりミネラルウォータを好んで飲む人が多くなりました。人々はより浄化された、不純物の混じっていないきよい水を求めています。同じ様に、神は私たちにもっときよくなることを、求めて欲しいと願っておられます(ヘブル12:14)。なぜなら、心のきよい人は神を見ることができるからです(マタイ5:8)。“見る”と“知る”は同じ意味の言葉です。すなわち、心がきよくなればなるほど、もっと深く神を知ることができるのです。

汚れは私たちを神から引き離します。しかし、聖めは神の恵みと平安の中に私たちを保ちます。心のきよい人こそ幸いな人なのです。また、神はきよい人を用いられます(II テモテ2:20−21)。“聖い”ということが神の意図された計画に用いられるための条件なのです。

どのようにしたらきよめられることができるのでしょうか。イエス様は弟子たちを世に遣わした時、真理によって聖め別たれるようにと祈られました(ヨハネ17:17)。私たちをきよく保つのは、御言葉です(詩篇119:9)。イエスさまは御言葉によって、私たちをきよめて、しみもしわもないキリストの花嫁として迎えてくださいます(エペソ5:26−27)。

また、御言葉の力が私の内で発揮され、それが残されるためには、聖霊さまの助けが必要です。御言葉と聖霊がともに働いて、私たちをきよくしてくださるのです。聖霊さまは、私たちの意志を無視しては働かれません。私たちが聖霊さまに依り頼み、願い求めるときに働かれます。自分自身が、自ら積極的に聖くなりたいと求めていきましょう。私たちの心の中の苦々しい思い、つぶやき、など神に喜ばれないものすべてを取り除いてくださるように求めましょう。聖餐をいただく時、私たちが古い自分に死んで、新しい人を身に着ることができますように。イエス様の血によって、きよめられ、新しいキリストのいのちに生きることができるように祈ります。


 

2001/07/11更新

 

先頭へ

戻る