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祝福の確信(3)

- 2001年7月15日 -

 水野明廣 師

創世記35:9〜10

ヤボクの渡しでヤコブを祝福された神様が「再び彼に現われ、彼を祝福され」ました。「私はあなたを去らせません。私を祝福してくださらなければ。」というヤコブの叫び(創世記32:26)は、あのヤベツの祈り「私を大いに祝福し、私の地境を広げてくださいますように。御手が私とともにあり、わざわいから遠ざけて私が苦しむことのないようにしてくださいますように。」(1歴代誌4:10)に通じます。必死になって祝福を叫び求める時、その真実の祈りに神様は必ず応えて下さいます。しかし、神様の恵みは、ふさわしくない私たちに、一方的に贈り物として与えられるのに対して、祝福は、神様がおっしゃったことに従った結果として与えられるという大きな違いを知らなければなりません。ヤコブとその家族は、神様が仰せられた通りに、「神のために祭壇を築き」「異国の神々を取り除き」「身をきよめ」「着物を着替え」たことで、祝福に与ることができました。

私たちは、まず祈りの祭壇を築くことが必要です。聖日礼拝や祈祷会だけでなく、家庭礼拝や家の教会で、また、ひとりでいる時にも、祈りを怠らないように心がけましょう。突然予期せぬ問題が降りかかってきた時にこそ、ヤコブの叫び、ヤベツの祈りをもって、大胆に主に迫るのです。

私たちクリスチャンが、それと知って「異国の神々」を礼拝することはありません。しかし知らないうちに、人形やオブジェ、壁飾り(特に海外のお土産)などで、霊的な悪影響を及ぼす物が身の回りに置かれているかもしれません。原因不明の病気や、解決困難な問題の背後には、悪霊の力が潜んでいる可能性があります。ヤコブも妻ラケルが盗み出したテラフィムのこと(創世記31:19)は知りませんでした。一度は、自分の住まいや持ち物を吟味し、大掃除してみることです。そして万一「異国の神々」があれば即刻取り除いて下さい。

聖書の御言葉は、「あなたがたの神、主であるわたしが聖であるから、あなたがたも聖なる者とならなければならない。」(レビ記19:2)「神のみこころは、あなたがたが聖くなることです。」(1テサロニケ4:3)「神が私たちを召されたのは、汚れを行なわせるためではなく、聖潔を得させるためです。」(1テサロニケ4:7)と言っています。「きよめる」「聖別する」とは、主のものとして分かち、主に捧げることです。「清純な処女として、ひとりの人の花嫁に定め、キリストにささげ」る(2コリント11:2)、そのためには、主が忌み嫌われる物事は徹底的に排除しなければなりません。その第一が不品行・姦淫の罪です。「しかし性的な罪は絶対にいけません・・・とんでもないことです・・・性的な罪とは無縁になりなさいと、私が言うのはそのためです。これほど体に悪影響を及ぼす罪は、ほかにありません。」(1コリント6:13〜18、リビングバイブル)この世ではポルノが氾濫し、性的不品行を悪と見なさない風潮がはびこっていますが、私たちは断固としてこれを退け、「恥ずべき隠された事を捨て」る(2コリント4:2)べきです。「これくらいなら誰でもやっている」と妥協してはなりません。「私はそんな誘惑には絶対負けない」というのは既に油断している証拠です。「女と姦通する者は思慮にかけている。これを行なう者は自分自身を滅ぼす。彼は傷と恥辱とを受けて、そのそしりを消し去ることができない。」(箴言6:32〜33)それだけではありません。速やかに断ち切らないと、この罪の悪影響は、親から子へ、世代から世代へと受け継がれてしまいます。ダビデの生涯をご覧なさい。確かにバテ・シェバとの姦淫の罪は赦されました。しかし、その後のダビデと息子たちは、相次ぐ悲劇に巻き込まれて行ったのです(2サムエル11章以下)。「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる」(ローマ10:13)のは間違いなく御言葉の約束です。しかし同時に「主の御名を呼ぶ者は、だれでも不義を離れよ。」(2テモテ2:19)ともあることを再確認しましょう。

そして「着物を着替え」ることも必要です。心の中に、ひとへの苦々しい思い、わだかまり、憎しみ、さばきや批判などが巣くっていないか、目に見えない部分を聖霊様に探って頂きましょう。自分の努力ではわからなくても、主の啓示と御言葉の光に照らされて、解放されることを求めて下さい。

神様に「あなたの名は、もう、ヤコブと呼んではならない。あなたの名はイスラエルでなければならない。」と迫られて、遂にヤコブはイスラエル「神の王子」と名乗るようになりました。私たちもヤコブにならい、主のお言葉にしたがって祝福を確信し、堂々とクリスチャン、神の子どもと名乗ろうではありませんか。


愛して下さる主イエス様、私の人生を愛の御手で握っていて下さることを感謝します。あなたの花嫁として自分自身を聖別し、あなたに従って歩みます。どうぞあなたの祝福の現れを、日々の歩みの中で見せて下さい。助け主聖霊様の憐れみにすがって、イエス様のお名前でお願いします。アーメン。

 

2001/07/18更新

 

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