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大きな祝福を受ける人(1)

- 2001年7月22日 -

 水野明廣 師

創世記39:1〜5

今日は大切なことを主から学ぶことになります。
第1番目に、神の祝福を体験してそれを現すということ、それは素晴らしい神様の証明であり目的なのですが、その祝福を大きく流そうとすればするほど、その人に試練があるということを教えられます。

神様に用いられている人で、神様の試練を通らなかった人はひとりもいません。困難とか試練を私達が経験するときに、「神様、これは私が祝福されるだけではなく、多くの人を祝福するためなのですね。」という受け止め方ができるならば、今日の学びは生かされると思います。大きな祝福となるためには、大きな試練がある、いつもあると言っている訳ではありません。

2番目にそういう試練の中で、一番の大きな支えは神様が共におられることです。人間にとって最高の幸せ、最高の祝福は神様が共におられるということです。どんな困難でも私達は通過することができ、克服することができます。

3番目に私達の意図や、私達のねらいと違って、私達に押し付けられた、強制的に置かされた状況の中でも、へりくだって主と共にいるという思いを持つならば、どんな環境の中でも神様の祝福を流すことができます。これが一番大きなカギだと思います。

創世記39:1〜5「ヨセフがエジプトへ連れて行かれたとき、パロの廷臣で侍従長のポティファルというひとりのエジプト人が、ヨセフをそこに連れて下って来たイシュマエル人の手からヨセフを買い取った。・・・・主人が彼に、その家と全財産とを管理させた時から、主はヨセフのゆえにこのエジプト人の家を、祝福された。それで主の祝福が、家や野にある、全財産の上にあった。」

ヨセフは神様の素晴らしい幻を夢抱きました。皆さんの中で神様の素晴らしい夢や幻を頂いた人がいるならハレルヤ感謝します。けれども夢や幻はそのままなんの困難も試練も無くして現実になることはないのです。大きな夢を持ったヨセフが、その大きな夢を語った為にねたまれました。更に恨まれました。更に奴隷になりました。私達の人生の中でも、私も大きな夢を持っていますが現実は奴隷のようにコツコツ地味な仕事をさせられていきます。

イエス・キリストを信じた者は、祝福があると毎週メッセージで聞いているのに、現実はコツコツ地味な仕事をさせられている、そんな思いでいる人いませんか?選んで好きでしている仕事ではなくて、嫌でとんでもない仕事を無理にさせられる・・・皆さん!ヨセフは無理とか、強制的ということを超えた、奴隷という苦しい立場の中で働かせられることになったのです。祝福の言葉、祝福の生涯と確かにヨセフはなりましたけれども、その前にヨセフは試練というところを通りました。

祝福の現実と夢は、まったく大きなギャップがあるのです。教会で聞くメッセージと自分の生活のギャップのように、私達の苦しみは奴隷とされたヨセフにのようです。なぜそのような苦しみを主はお与えになるのか?納得できる理由を申しあげます。
マラキ書3:3「 この方は、銀を精練し、これをきよめる者として座に着き、レビの子らをきよめ、彼らを金のように、銀のように純粋にする。彼らは、主に、義のささげ物をささげる者となり、・・・」 神様は私達を純金のように聖めようとしておられます。試練や苦しみの中では、私たちの性質がでてきます。ヨセフは奴隷とされても主が共におられたので、彼は柔和で任せられた仕事を喜んでしました。ヨセフはなぜそうできたのか?ヨセフははっきりと知っていました。「神様が私と共におられる」ことを。コロサイ3:23 「何をするにも、人に対してではなく、主に対してするように、心からしなさい。」 人間の幸せは、神様が共におられるということです。

 試練は、私達が本当に神の御言葉に従って生きるかどうかを、私達に教えると聖書に書いてあります。試練を通して私達は心から神様を愛してる、神様の御言葉に従うそんな人間かどうか、それが神様にはわかっておられますが私達に悟らせるためなのです。ヨセフはそれをパスしたと思います。ヨセフから神様ははなれなかった。ヨセフは奴隷としてではなく神様のしもべとしてそこに仕えたと思います。そのために彼は幸運な人と呼ばれます。ヨセフを見ていた主人は思わず、「この奴隷は違う、この奴隷が祈っている、いつも口にしている神様がきっとヨセフとともにおられる」ことを知ったのです。他の人から「確かにあなたには神様がついておられる」と言われるように。

すべてに即効の祝福がくるとは申し上げませんが、けれども神様が共におられることを意識して、今の現実が祝福の言葉とほど遠くても、どうぞ主に仕えて下さい。主に感謝の心を忘れないで下さい。主に向かって礼拝することを忘れないで下さい。職場においてもあなたには不思議な祝福があって、あなたの上に、職場に繁栄・成功がやってきます。忘れないで下さい。


「イエス様、あなたは私達の今日の状況を何もかもご存知です。生まれてから今日までの心の中に入れてしまったもの、人々から投げつけられて心の中に入ってしまったもの、またその心の問題、体の問題にあるその原因を何もかも主はご存知であります。主よ、ヨセフと同じような苦しみ、痛みを経験している人がたくさんいます。将来に対しての不安や本当の意味で神様に愛されていることが分らなくて祝福の言葉、気持ち、自分の現実と掛け離れているという悩み、苦しみを持っておられる人がいます。聖霊様、どうぞ今その心の痛み、肉体的な疲れ、また痛みを持つ人に格別に触れて下さい。御霊なる主は癒しの御霊、命の御霊です。触れて下さい。癒して下さい。今日の決心、祈りを格別に封じ込めてあなたと共に生きることができますように。イエス様の御名によってお一人お一人を祝福してお祈りします。アーメン」

 

2001/07/24更新

 

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