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祝福のための戦い

- 2001年12月2日 -

 水野 明廣 師

出エジプト14:10-14

  パロはエジプトから出ていったイスラエルの民を追いかけて、確実にせまっていました。イスラエルの民はそれを見たとき、殺されることを非常に恐れました。

  今日の大切な教えは「イエス様が来られたのは私たちを幸いに導くためにいらっしゃった」ということです。ヨハネ10章10節「わたしが来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かにもつためです。」しかし、盗む者、殺す者、滅ぼす者がいるのもまた真実です。イエスキリストにある解放や勝利を奪おうとするものは、ほえたける獅子のように、食い尽くすべきものを探して歩きまわっています。敵はいつも隙をうかがってチャンスがあれば私たちを襲ってくるものなのです。

  ある有名なサッカーチームの監督は勝利を治めた回数の一番多い監督でした。その監督はあるインタビューで言っていました。「試合に勝つためには相手の弱点を徹底的に調べます。どんなに強いチームでも完璧ではない。必ず弱点があります。そこを私たちは攻めるのです。」 同じように私たちクリスチャンの敵であるサタンも私たちのことを調べて、伺っているのではないでしょうか。ただボーっとしているとは考えられないでしょう。
  モーセを信じてついてきたイスラエルの民は、目の前に迫ってくるエジプトの軍勢をみて絶望し、モーセに訴えました。しかしモーセにとって目に見えるエジプトの軍勢は問題ではありませんでした。その状況に恐れて主を見失うことはありませんでした。そして、絶望のふちにあるイスラエルの民に恐れるなといいました。最悪の状況の中で、目に見えない主の救いを見ており、私たちがその中においてただ黙って主の救いを待ち望むことの必要を戒めました。

  私(水野牧師)は若い日に、日本のリバイバルのために始めた働きで、800万円もの借金を背負ったことがありました。意気込んではじめたリバイバルの活動は膨大な借金を残して終わりました。あまりのことに信者にさえそれを話すことができませんでした。一緒にその活動をしていた働き人もさっていき、途方にくれました。絶望のなかで山の上に祈りにでかけました。そして、その時このみ言葉が私に語られたのです。「主があなたのために戦われる。あなたがたは黙っていなければならない。」と。
  主が戦って下さる戦いを自分で戦おうとしていることはありませんか。私たちが自分の力で戦おうとする時、状況はますます悪くなります。今わたしたちにできることは、肉の行いを止め静まることです。主よ。あなたが戦ってください。


コール師の証

  過去30年の私の証です。私たちはバージニアで生活をはじめました。私は32歳でノースカロライナに移りました。その時はまだイエス様のことを知りませんでした。私の妻がそのときバイブルスタディーに行き始め、家に帰ると夫である私にイエス様のことを話してくれました。そのころ私はたまに教会には出席することがあったので、私は良い人間であると自認してました。

  しかし誰も私に対して「イエスキリストはあなたの救い主です。あなたの人生を新しくされる方なのです。」ということを話した人は一人もいませんでした。わたしはずっとスポーツをやってきて、実業家であり、自信もあったので、事業に成功したら社会的に認められると考えていました。でも妻は「わたしたちの人生はそれだけのものではないのよ。もっと他にもあるのよ。イエス様がいらっしゃるのよ。」と教えてくれました。

  先に主に自分を明け渡していた妻に導かれ、私も洗礼を受けました。そのときに私は同時に聖霊のバプテスマも受けました。その後、私は年をとれば取るほど若返った気分になり、いくつかの教会を開拓していきました。そしてさらに主が私に働かれました。トロントでリバイバルの集会に出席して戻ってきたところ、聖霊の炎は私たち夫婦の間を変えただけでなく、私の教会を変えました。そして、私たちの町が変わりました。
  主は私たちが望む以上に主の臨在と主の油注ぎを私たちに与えたいと願っておられます。主の臨在が強くなると私たちの信仰が強くなり、さらに主の権威を私たちに増し加えられます。主の復活の力に満ちて私たちが歩みつづける時、私たちはいつも神の愛と力の中に住んでいます。そして周りが変わっていき、リバイバルがおき、やがて収穫の時がやってくるのです


 

 

2001/12/06更新

 

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