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勝利の祝福を相続する

- 2001年12月9日 -

 水野 明廣 師

出エジプト17:8-13

 私たちは、神の祝福を相続するために召されました。神の祝福とは、世的な名誉、財産、健康などといったものだけではありません。イエス様は、「迫害されているものは喜び踊りなさい。」と言われました。神の祝福は世の価値観では計り知ることのできないものです。本当の神の祝福とは神の臨在感です。

 神の祝福を経験するためには、アマレクと戦わなければなりません。アマレクはエサウの子孫で、肉の働きの象徴です。奴隷生活から救われ、エジプトを出て来たイスラエルの民でしたが、水の問題でつぶやき、争っているときに、アマレクがやってきました(創世記17章)。エジプトから救われましたが、まだエジプトの影響を受けているのです。

 私たちは恵みによって罪の奴隷から救われ、神の子となりました。しかし、クリスチャンであっても、ねたみや争いがあり、ただの人のように歩んでいるのは、肉に属しているからです(I コリント3:3)。主は世々にわたってアマレクと戦われる(創世記17:16)。私たち自身が私たちの内にある肉と日々継続して戦わなければなりません。

 “聖霊による新生と小新の洗いを持って私たちを救って下さった(テトス3:5)。御霊に満たされなさい(エペソ5:18)。”と、御言葉が教えているとおり毎日、聖霊によって生きることが勝利の秘訣です。最大の問題は、クリスチャンが手を上げて祈っていないということです。手を下ろしたらアマレクが優勢になります。手を上げて祈るなら聖霊様が働いてくださいます。絶えず祈りなさい(I テサロニケ5:17)。どこででもきよい手を上げて祈るようにしなさい(I テモテ2:8)。肉の問題は一度祈ったから、一度聖霊に満たされたからといって簡単に解決するものではありません。祈り続け、御霊に満たされ続けることが大切です。どんな時にも御霊によって祈りなさい(エペソ6:18)。祈りはクリスチャンの命です(詩篇42:8)。事がうまくいくと私たちは祈りを怠りがちですが、そのような時、私たちは世に流されやすいのです。油断せず、ますます熱心に祈りましょう。また、アロンとフルがモーセを支えたように、互いに祈り支えあうことも大切です。チームでも祈りましょう。

 私たちは神様を悲しませたくありません(詩篇78:40-41)。私たちの願いは主に喜ばれることです。私たちは神様と父と子の関係がありますが、交わりがなくては神様を悲しませてしまいます。交わりの中心にあるのは祈りです。主は私たちの能力、財力などを要求しておられません。主は私たちが主に向かって手を上げることを求めておられます。この師走の急がしい時にこそ、私たちは祈りの祭壇をしっかり築いていきましょう。


 

 

2001/12/12更新

 

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