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祝福を相続する教え(2)

- 2001年12月30日 -

 水野 明廣 師

出エジプト記20:12-17

 私たちが現実の生活を幸せに生きるために神様が下さった十戒、今回は後半をみていきましょう。

 第五戒「あなたの父と母を敬え。」「これは第一の戒めであり、約束を伴ったものです。すなわち、『そうしたら、あなたはしあわせになり、地上で長生きする。』という約束です。」(エペソ6:2〜3)確かに私たちの両親には欠点もあります。親から不当な扱いを受けた人も少なくありません。しかし、自分の親に対して苦々しい思いを持ったままで配偶者や子供に接すると、必ずといってよいほど問題を生じます。逆に親子関係がよくなると、その人を通して祝福が流れ出るようになるのです。両親への思いを変えるのは、辛く、痛いことかもしれません。でも、「あなたの齢が長くなるため」「しあわせになり、地上で長生きする」ために、是非、父母を敬うように心がけ、また、言葉や態度でそれを現して下さい。

 第六戒「殺してはならない。」イエス様は山上の説教でこう言われました「昔の人々に、『人を殺してはならない。人を殺す者はさばきを受けなければならない。』と言われたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。兄弟に向かって腹を立てる者は、だれでもさばきを受けなければなりません。兄弟に向かって『能なし。』と言うような者は、最高議会に引き渡されます。また、『ばか者。』と言うような者は燃えるゲヘナに投げ込まれます」(マタイ5:21〜22)。どうしてもあの人を赦せない、という思いを抱いてしまうことがあります。そして、何とかしてその思いから解放されたい、と思っていらっしゃる方もおられるでしょう。パウロが「私は、自分でしたいと思う善を行なわないで、かえって、したくない悪を行なっています・・・私は、ほんとうにみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるのでしょうか。」(ローマ7:19・24)みじめな自分、と気づく人は幸いです。そこからの救いを求める切なる願いに、主は必ず応えて下さいます。「しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。」(ローマ8:37)

 第七戒「姦淫してはならない。」1549年に来日した、かのフランシスコ・ザビエルがローマ教皇庁にこのように書き送っています「日本人は名誉心が強く、働き者で、貧しいにもかかわらず誇り高く、優れた国民である。しかし姦淫・不品行を平気で受け止めているのはどういう訳だろうか」。450年経った現在でも事情は変わっていません。いや、むしろ姦淫・不品行・ポルノの罪はエスカレートの一途をたどっており、教会の中にまで入り込んでいるのが現実です。姦淫はどれほど恐ろしい罪であるかを、しっかり再認識する必要があります。「愛する者たちよ。あなたがたにお勧めします。旅人であり寄留者であるあなたがたは、たましいに戦いをいどむ肉の欲を遠ざけなさい。」(1ペテロ2:11)

 第八戒「盗んではならない。」ここで言われているのは、実際に金品を盗み取ることだけではありません。例えば、仕事中に「油を売る」ようなサボタージュや、勤務先のものを、こっそり私用に使ったりするのも立派な盗みです。また、什一献金を怠るのも「盗む」ことです。「人は神のものを盗むことができようか。ところが、あなたがたはわたしのものを盗んでいる。しかも、あなたがたは言う。『どのようにして、私たちはあなたのものを盗んだでしょうか。』それは、十分の一と奉納物によってである。」(マラキ3:8)自己吟味を怠らないで下さい。
 第九戒「あなたの隣人に対し、偽りの証言をしてはならない。」日本では「言霊」といって言葉を重んじる反面、「口と腹は違う」といって、実際の思いと口から発せられる言葉が異なる場合が多い風土があります。しかし、私たちクリスチャンは、聖霊様の助けで、偽りのない真実な言葉を使うようにしましょう。

 そして第十戒「あなたの隣人の家を欲しがってはならない。」です。私たちは一人一人が皆違っていて当然なのです。しかし、この世の霊は「みんなと同じように」とささやいて比較をさせるのです。「あのひとが持っている、あれが私も欲しい。」「みんなが出来るのに、どうしておまえは出来ないのだ。」そんな毎日の中で、心に深い傷を負った方が多くいらっしゃいます。パウロの言葉を聞いて下さい。「私たちは、自己推薦をしているような人たちの中のだれかと自分を同列に置いたり、比較したりしようなどとは思いません。しかし、彼らが自分たちの間で自分を量ったり、比較したりしているのは、知恵のないことなのです。」(2コリント10:12)比べたり、欲しがったりすることをやめましょう。

 年末年始の慌ただしい時ですが、しばし主の御前で静まって、御言葉の光に照らされ、御言葉で心と思いを洗っていただきましょう。聖霊様の力を借りて、処理すべきものはきちんと処理をして、新しい年のスタートに備えましょう。


 主イエス様、あなたが下さった十戒を感謝します。この世からの支配や、醜い思いから解放されて、あなただけを見上げて歩むことができますように。あなたの御言葉の約束がこの身になりますように、聖霊様にすがります。主の御名によってお願いします。アーメン。

 

2001/12/31更新

 

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