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栄光の祝福を体験する

- 2002年2月10日 -

 水野 明廣 師

出エジプト 40:16-38

 主は、私たちに栄光の祝福を体験させたいと願っておられます。栄光の祝福とは、天地を創造された全能の神が私たちとともにおられることを、まるで見えるかのように体験させてくださること、すなわち、主が圧倒的な力強さで臨在を現して下さることです。

 ソロモンの神殿で、民がまるで一人でもあるかのように一致して、主を賛美したときに主の栄光が宮に満ちました(II 歴代史5:13−14)。私たちが一つになって主を褒め称えるとき、私たちの主は生きておられ、どんなに私たちを愛しておられるかを見せてくださるのです。
 モーセが主に命じられたとおりに幕屋を建て終えた時、そこに主の栄光が満ちました。出エジプト記40章には、“主が命じられたとおりに・・・。”というみことばが8回も記されています。モーセがみことばに従って行ったとき、主の栄光の祝福を体験したのです。

 神の御子であられるイエス様も、人の子として父なる神様の権威に服し、父のお言葉に従っておられました。イエス様は、「わたしは、自分からは何事も行うことができません(ヨハネ5:30)。」「わたしは、私自身からは何事もせず、ただ父が私に教えられたとおりに、これらのことを話していることを知るようになります(ヨハネ8:28)。」と語っておられます。イエス様の素晴らしい人生の秘訣は、父にまったく従順されたことにあります。
 主に従うことは、どんな犠牲にもまさります。祝福は私たちがどれほど主に従って生きるかということに深く関係しています。神様は、私たちが祝福を受け継ぐように、全ての呪いを十字架で打ち壊してしまわれました。しかし、もし私たちが、主のみことばに従わず、人々を呪うような生活をしていたらどうでしょうか。私たちが過去のさまざまな忌まわしいものを背負い、それらに縛られていたらどうでしょうか。
 どんな状況の中でもみことばに従うことを選びましょう。苦しみ、痛みが伴うこともありますが、みことばに自分自身をあわせるように決断してください。神はことばですから、私たちがみことばの下にあったら、神が責任を取ってくださいます。主を愛することは、みことばを守ることであり、みことばを守ることは、主を愛することです(参考 ヨハネ14:15,21,23)。

 みことばに従おうとするとき、自分の無力さを感じるかもしれません。しかし、私たちが弱いときにこそ、聖霊様は格別に働いてくださいます。今日、御言葉に従って生きることができますように聖霊様に助けを求めましょう。聖霊様によって、奮い立たされて、みことばに従う道を選びましょう。私たちが日々みことばに従い、キリストに似たものに変えられていくなら、もっと主の栄光の祝福を体験することができます。


 

 2002/02/13更新

 

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