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・・・主に感謝します

- 2002年6月2日 -

 水野 明廣 師

詩編9:1-2

  教会はキリストの体です。また、私達は主の宮です。私たちがつぶやくとき、私たちの内におられる聖霊様は悲しまれます。エペソ4:30には「神の聖霊を悲しませてはいけません。」とあります。また、テサロニケ1:15-16には「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべてのことについて感謝しなさい。」とあり、あらゆる状況の中でこの御言葉を実行していかなければなりません。神様をいつも見つめていないと、今、置かれた状況のなかで不平や不満がでてきます。しかし、神様の前でおこるすべてのことは、私たちにとって益になることです。ですから、私達におこる全てのことがマイナスに見えても感謝しましょう。私たちがそのことに対して感謝をささげる時に奇蹟は起こります。

  イエス様のもとに、話を聞こうと多くの人々が集まり、暗くなっても帰ろうとしない群集のために食べ物が用意できない状況でも、弟子がそこにあるわずかな5つのパンと2匹の魚を、イエス様の前に差し出した時、イエス様はそれを神様に感謝し祝福しました。そのとき、5つのパンと2匹の魚は、男性だけで5千人ほどのおなかを充分に満たすほどまでにあり余るものになりました。4つの福音書の中で書いてある同じ奇跡はこのパンの奇跡で、とても重要です。
  どんな状況であっても、心からの感謝を主にささげる時、奇跡が起こります。つぶやく時、つぶやく人自身を、みじめにします。周りの人や環境の責任にし、さばき、責めても、祝福はありません。カナダでの集会の時に各国の首脳のために祈る時間がありました。その時に、私(水野牧師)は日本の罪のために悔い改めを祈っていた時、教会の罪のために祈るようにせまられました。もう、これ以上つぶやいてはいけない、というものでした。コリント10:10「また、彼らの中のある人たちがつぶやいたのにならってつぶやいてはいけません。彼らは滅ぼす者に滅ぼされました。」とあるように、つぶやく時、滅ぼす者に隙を与えてしまいます。
  しかし、キリストのもとにその問題をおいて、私たちが主に感謝をささげる時、驚くほどの御業がそこに現れます。それは信仰の戦いです。私たちが変わる時、周囲が変わり、家族が変わり、地域が変わり、国を変えるほどの力になるのです。

  また、クリスチャンが賛美をささげることは、特権です。それは感謝と賛美の意義が私たちが神の子としての祝福を受け取ることだからです。第一コリント14:20「考えることや知識や行いにおいて、大人になりなさい。」是非、この言葉のように、感謝と賛美の意義を知り、その行れている状況を見ることなく、感謝と賛美を捧げていきましょう。たとえ、その事が不可能に思える状況であっても、主に助けを求めるなら、私たちに働いておられる聖霊様の力によって、感謝をささげることができるよう助けてくださいます。感謝と賛美をささげる時、主は喜んでくださいます。天の国には賛美があります。ですから、賛美の中に主はおられるのです。たとえ、殉教死するような状況に置かれることがあっても、感謝と賛美の中に私たち自身がいるかどうかで私達の状況は変わってきます。弟子たちはイエスキリストの十字架を通して与えられた聖霊の力を得たことによって、迫害の中でも喜んでイエスキリストの救いの福音を伸べ伝えました。そして福音はひろがっていきました。暗闇の中で光が輝くように、困難な状況でこそ本物は光輝きます。試練の中で、本物は金のように精錬されてあきらかにされます。
  どんな状況の中でも感謝をささげることは、
1.クリスチャン生活の証明と証でもあります。
2.感謝の中で神の奇跡と神の業があらわされます。
3.私たちが、神様の勝利を手にし、それを経験します。

主に感謝をささげていきましょう。


 

 2002/06/05更新

 

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