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主に拠り頼みなさい

- 2002年6月23日 -

 ステファン・ダービシャー 師

詩篇23:1-6

  詩篇23:5「 私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえ、」という言葉に注目します。また、この詩篇がどういう背景で書かれたか知っておく必要があります。この御言葉はサウルという王様に追われて逃げている最中にダビデが作った歌です。家族からも切り離されて、彼が礼拝していたエレサレムの町からも追い出され、親族からの別れを経験しなければなりませんでした。やりきれない生活をおくってきました。
  彼は魂を主によって励まされたことを彼の経験から歌っています。まさに神様によって自分は励まされるという、これが彼の拠り所であったので、この御言葉はそういう意味を持っています。

  皆さん、目の前に少し大きなテーブルが用意されていると創造してください。あなたの前に置かれているテーブルの上においしそうな物がいっぱいあります。あなたの専用のテーブルです。あなたの腰掛もあります。あなたが腰掛けて、誰かがあなたにこのご馳走を振舞ってくれるという意味です。この場合、神様自身が振舞ってくださるという意味なのです。イエス様は「私は仕えられるために来たのではなくて人々に仕えるために来たのです」とおっしゃいました。
  皆さんは、主が備えてくださったそのテーブルの前に座っていることを創造して下さい。そうしたらメニューが渡されます。神様は直接ごらんなさいといってメニューを渡されます。「主は私のためにこのテーブルを用意して下さった」とダビデは言っていますから、主がされたことと認めています。このあとダビデは「私の生きている限り主は恵みと慈しみを私に追っかけるように下さる。」といっています。
  ところが、彼が座っているテーブルの周りには、敵がいっぱい陣を引いています。でも、その敵も座って食事をするダビデに何も出来ないのです。神様は私たちの思いをはるかに超えた素晴らしい思いを、皆さんに提供しようとこの食卓を設けて、さあ受けなさいとおっしゃるのです。私たちは主がなさった素晴らしいご馳走を、思う存分食べているそのときに敵はいらだつだけで、歯軋りするだけで何も出来ない、これは実は驚くべき光景なのです。

  ただ、あまりにも多くのクリスチャンが主から受け取る方法を知らないという現実を私は知っています。神様の子供でありながら、神様の恵みの下で生きることを知らないで、律法の掟のもとに生きている人々を知っています。何かをしなければ神様には喜ばれないというその苛立ちの中に、生きている人がいます。例えばもっと聖書を読まなければ、祈らなければ、神様には認められないよという思いが染み込んでいる人です。まず、神様の前で、主が備えてくださったテーブルの前に座ってごらんなさい。座って、主からいただけるものを受けて、聖書を読んで祈ってごらんとおっしゃっておられます。主は敵の前で円を設けて私たちに油を注いでくださいます。

  みなさんにはまず安息が必要だと主はおっしゃっておられます。ヘブル4「神の安息の中に入っていなさい」と主はおっしゃっておられます。主の安息の中にいるとき、主の油注ぎが我々のものになります。箴言3:5「心を尽くして主に拠り頼め」と書いてあります。あなたのさとりに頼ってはいけません。どんな道にいても主がいっしょにいてくださることを認めなさい。主を認める限り、主はあなたの人生のあゆみをしっかりと導かれます。主に信頼しなさい。拠り頼みなさい。自分の身を任せなさい。これは命令なのです。そうするとあなたの人生を導きますよ。信頼すること。自分の悟りとか、知恵とか、能力に頼らないこと。主なる神様は厳粛でありながら、共に居られる方。いつも主が共に居られることを認めれば、あなたの人生はしっかりと導かれます。

  神様は皆さんが、悟りが必要なことに気づいてほしいのです。それは皆さんが神様の子供だという身分をしっかり悟ることです。キリストである身分をはっきりしないから多くのクリスチャンはもだえて葛藤してしまいます。子供なのに奴隷かしもべのように感じている人がおられます。神様は神様の子供だよと悟らせるために、御霊をくださったのです。神様は皆さんを愛しておられます。愛されるような資格も価値もない、ふさわしくないと思われるかもしれないが、それでも主に向くとき神様は皆さんに走りよって来て下さいます。神様は最高の物を与えて下さいます。それが私たちの天の父の神様です。これが皆さんの信じておられる神様です。皆さんにはそれぞれ敵がいます。どんな敵がいても、あなたが主の食卓、主の用意して下さったテーブルに座ることが出来、神様の下さるメニューをあなたが満喫し、神様によって食べさせて頂き満たしていることを学ぶならば、あなたに敵は何の害も加えることは出来ないはずです。


  あなたがくださるそのテーブルにゆっくり座って、あなたから食べさせてもらうことの大切さを知らされました。主に愛されたいゆえ、あれもしよう、これもしよう、主に認められたいのでこんなこともしなければならないと、疲れている方がいるかも知れません。御霊の主よ、今日、今から特別にあなたから主のお言葉に応答して、父よ、あなたの前にゆったりと主の備えて下さったあなたの食事にあずかれるために、主よ、私たちを助けてください。聖霊様助けてください。主よ、助けてください。アーメン

 2002/06/27更新

 

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