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恵み深い者には、恵み深く

- 2002年8月11日 -

 水野 明廣 師

詩篇 18:25

私達の主は、恵み豊かであわれみ深いお方です。

"私たちはみな、この方の満ち満ちた豊かさの中から、恵みの上にさらに恵みを受けたのである。(ヨハネ 1:16)"

 恵みとは、ふさわしくない者に、一方的に与えられる贈り物です。わたしたちは恵みによって罪赦され、神の子となりました。救いも、いやしも、聖霊を受けたことも全てが恵みです。

"主のすばらしさを味わい、これを見つめよ。(詩篇 34:8)"は、新共同訳では"味わい、見よ、主の恵み深さを。"となっています。圧倒的な恵みを受けた私たちですが、他の人々に対してはどう対応しているでしょうか。

マタイ18章で「兄弟が私に対して罪を犯した場合、何度まで赦すべきですか。」とのペテロの質問に「七度を七十倍するまで」とイエス様は答えられました。また、イエス様は、一万タラント(約20万年分の給与に相当)の借金を免除してもらったしもべが、仲間のしもべの百デナリ(1デナリは1日分の給与)の借金を赦すことができなかったというたとえ話で教えられました。他の人を赦すことができないなら、恵みの下に生きてはいません。クリスチャンの最大の特徴は永遠のいのちを持っているということです。律法の下から恵みの下に移され、新しい神のいのちで生きるようになりました。

罪から開放されて生きるため (ローマ 6:14)
律法の下 恵みの下
さばき
のろい
復讐の行為
あわれみ (ヤコブ 2:13)
祝福 (ローマ 12:14)
善行 (ローマ 12:19-21)

 
 たとえ、批難されても、迫害されても、どのような場合にも恵みの下にとどまりましょう。サタンは私たちを欺いて律法の下に引き戻そうとします。私たちを古い肉的ないのちで生きるように欺きます。すべての肉が静まるとき、主が立ち上がられます。"あの方は盛んになり私は衰えなければなりません。(ヨハネ 3:30)"

 主は恵み深い者には、恵み深くあられます。私たちは毎日、主の恵みが必要です。ですから私たちから恵みを流すことができますようにと祈ります。


 

 2002年8月13日更新

 

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