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御霊によって生きる

- 2002年8月25日 -

 水野 明廣 師

ガラテヤ 5:16-25

 イエス様は私たちがどういう人間かよくご存知です。私たちは自分が「本当にやる。」と言ってもやらない事があったりして、私たちの中に色々な欠点がいっぱいあります。

  私たちは神様から見たらどんなに弱いものかを、主はよくご存知です。ですからクリスチャン生活の中で御霊によって生きるということはすごく大切なことです。私たちクリスチャンが聖霊様の助け、聖霊様によって生きるということを抜きにしてはクリスチャン生活はできない、ありえないと言っても言い過ぎません。ですから御霊によって生きる・・・弟子たちが自分の信仰、自分の力で自分がやれるんだといっておりましたけれども、実はそれはとんでもない彼らの間違った思い込みでした。弟子たちはイエス様を絶対に裏切らない、死んでもイエス様のために忠実に生きる、と言っていましたが、簡単にイエス様を捨てて逃げていってしまいました。私たちの信仰も時々そういうことがありませんか。私たちは御霊に導かれている、皆さんクリスチャンの中で御霊に導かれっぱなしの人が一番幸せなんです。御霊によって生きっぱなしの人が一番幸せなんです。

  御霊によってたまには生きている人がいます。イエス様は面白い例え話をしました。賢い5人の乙女と愚かな5人の乙女、イエス様は花婿なる夫で私たちクリスチャンはキリストの花嫁なのです。花嫁である私たちに賢い花嫁と愚かな花嫁がいる。賢い花嫁は油を持っていた人、愚かな花嫁はタイマツを持っていたけど油を持っていない人、賢い花嫁は油を持っていたのでイエス様と入っていきましたが油を持っていない人はとうとう入れなかったのです。

  皆さん、クリスチャンにも個人でも御霊によって生きている時、とそうでない時があります。神様の御言葉にも、生きている人とそうでない人がいると言っています。コリント I 2〜3:3 クリスチャンに2種類ある御霊に属する人と肉に属する人のどちらかであると書いてあります。あなた方の中に争いやねたみや、様々な問題がクリスチャン同士のなかでさえあると言うのは、あなた方が肉の人だからですと言っておられます。肉の人どうしだから私たちの中に、こういう色々な問題があるのです。

  パウロが言う御霊の人というのは愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制を持っている人です。御霊の生活をするということは、この9つの性格をもっているのです。肉に属している人は愛をもって生きる代わりに、ねたみの心に動かされます。喜びの代わりにつぶやき、平安の代わりに心が落ち着かない、寛容の代わりに争いごと、親切の代わりにいじめ、を抱えています。肉の歩みだと不品行や偶像崇拝、と恐ろしいことになります。

  クリスチャンになったからといって肉の思いが消えるわけではありません。でも、御霊によって生きるということは、イエス様はそういうふうに生きてほしいとおっしゃるのです。聖霊様の助けが本当に必要なのです。御霊によって生きるということは素晴らしいことがあるのです。この道ですと教えて下さるのです。私たちをいつも導いて下さるのです。御霊を侮らないように、御霊を悲しませないように、聖霊様は働いておられます。そして、聖霊様はやさしい方です。聖霊様は私をおさめて下さり、私たちが御霊に導かれると真理に導かれるのです。肉に導かれるととんでもない所に導かれますが、御霊の思いは命、平安です。肉の思いは死、滅びです。御霊は何が次に起こるのかわかるのです。御霊に導かれると安心なのです。余分なトラブルに巻き込まれなくて済むのです。御霊は導いています。主の御霊によって生きましょう。


  聖霊様なる主よ、私の体があなたの住まいです。内におられる御霊が悲しまれることや、キリストの御霊がいて下さるのに、私が無視したり侮ったりすることがないように、私の愚かさをお許しください。あなたを歓迎し御霊の喜び、愛、交わりを戴けますように、御霊によって生きたい、聖霊様によって生きてゆきたい、その願いの通りに、もっとなれますように御霊に満たして下さい。イエス様の御名によってお祈りします。アーメン

 2002年8月29日更新

 

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