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主を尋ね求める人は、主を賛美しよう

- 2002年11月10日 -

 水野 明廣 師

詩編 22:25-27

 いにしえから今日に至るまで、主を信じる人々は、主をほめたたえていました。(参考 ルカ 24:53、使徒 2:46-47)

 賛美することは、クリスチャン生活そのものです。主を恐れ、敬う人は主を賛美します。主を愛し、主に仕える人も主を賛美します。そして、主を尋ね求める人も主を賛美します。

 『悩む者は、食べて、満ち足り、主を尋ね求める人々は、主を賛美しましょう。あなたがたの心が、いつまでも生きるように。地の果て果てもみな、思い起こし、主に帰って来るでしょう。また、国々の民もみな、あなたの御前で伏し拝みましょう。(詩編 22:26-27)』

 主を尋ね求めて、主を賛美する人は、心が生き生きとしています。その理由は、人々が主に帰って来るから、また、失っていたものを取り返すことができるから、しかも人々が主を礼拝するようになるからです。

 主を尋ね求める人とは、主をもっと知りたい、主に近づきたいと願って、積極的に主に心を向けていく人のことです。主を尋ね求めることは、クリスチャンにとって非常に大切なことです。『その永遠のいのちとは、彼らが唯一のまことの神であるあなたと、あなたの遣わされたイエス・キリストとを知ることです。(ヨハネ 17:3)』と、イエス様は父に祈られました。神様は私たちにご自身を求めてほしい、知ってほしいと願っておられます。私たちは知りたいことや、やりたいことが色々あるでしょうが、それらを置いてもまず、知るべきことを知らなければなりません。主を知ることを第一に求めてほしいのです。パウロは、『神を知る知識を増し加えられますように。(コロサイ 1:10)』と祈っています。またペテロは、『神と私たちの主イエスを知ることによって、恵みと平安が、あなたがたの上にますます豊かにされますように。(II ペテロ 1:2)』と祈り、つまり主を知る知識と恵みと平安の豊かさは比例してくる、と言っているのです。

 主を尋ね求める人々が、主を賛美することこそリバイバルにつながります。

『私たちは、知ろう。主を知ることを切に追い求めよう。主は暁の光のように、確かに現われ、大雨のように、私たちのところに来、後の雨のように、地を潤される。(ホセア 6:3)』

 後の雨のリバイバルは偶然に自動的には来ません。主に渇いて切に求め続ける人々のところに来るのです。主を尋ね求める人々は、まず主をほめたたえましょう。いつでも、どこでも、どんな状況の中でも、主を賛美しましょう。自分の言葉で、自分のメロディーで、あらゆる方法で主を賛美しましょう。賛美の中に主が臨在されます。

 主を知りたいと願う人は

@ 賛美しましょう

A 聖書を読みましょう

B 聖霊に満たされましょう

毎日の生活の中でこれらを実行してください。

 パウロは、『それどころか、私の主であるキリスト・イエスを知っていることのすばらしさのゆえに、いっさいのことを損と思っています。私はキリストのためにすべてのものを捨てて、それらをちりあくたと思っています。・・・(ピリピ 3:8)』と言っています。主を知ることによって、いのちと敬虔に関するすべてのことが与えられます。(参考 II ペテロ 1:3-4)

 主を知りたいと主を尋ね求める人々が、いつも宮で主をほめたたえる。これが神の臨在と神の栄光をもたらす大きな力になります。私たちが賛美するとき、地の果て果てから人々が主に帰ってきて、主を伏し拝みます。(参考 詩編 22:26-27)これがリバイバルです。私たちは主を礼拝するために、主に仕えるために生きているといっても過言ではありません。

 日本人はまだまだ失われたままで、ほとんどの人々が主を伏し拝んでいません。まず私たちが主を尋ね求める民としてますます主をほめたたえていきましょう。彼らは主に帰って来ます。

 私たちは主の栄光を現すために召されました。私たちがもっと切に主を慕い求め、主をほめたたえ続けるなら、私たちの賛美の中に主が立ち上がられ、勝利を見せてくださいます。


 

 2002年11月14日更新

 

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水野 明廣 師