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主イエスキリストについていく人 3

- 2002年12月1日 -

 水野 明廣 師

詩篇 23:1-6

   最初に本のご紹介をしたいと思います。「夢がやぶれても」という本が「生ける川の水」からでています。この本の中で著者は様々な苦難、困難、試練をくぐりぬけて行きます。そして、主イエスキリストに出会っていく軌跡を自分の証として書いています。本当の意味でイエスキリストに出会うならば、そのことが何にも変える事のできない祝福です。神様は私たちを祝福されたいと思われており、それを願っておられます。また、私たちが祝福される事は神の喜びでもあります。神様は私たちをよしとされるために祝福しておられます。

  しかし、祝福の意味がわからないと取り違えてしまう危険があります。大部分のクリスチャンは単に心地よい生活の中で安心してしまっています。主は命に変えて私たちを救ってくださいました。主は言われます。私は命に変えてあなたを愛しています。あなたは私を愛していますか?
  お金も名声も富も宝も地位も、最愛の妻や夫であっても、自分自身に対して何もできない存在であることを知った時、イエス様は自分にとって何にも変えがたい喜びをもたらす方であり、力であることを聖霊によって気づかされます。まさに死の陰の谷を歩く時、イエス様は私の喜びです。

詩編63:1-3「神よ。あなたは私の神。私はあなたを切に求めます。水のない、砂漠の衰え果てた地で、私のたましいは、あなたに渇き、私の身も、あなたを慕って気を失うばかりです。私は、あなたの力と栄光を見るために、こうして聖所で、あなたを仰ぎ見ています。あなたの恵みは、いのちにもまさるゆえ、私のくちびるは、あなたを賛美します。」・・・これは、ダビデがユダの荒野にいたときの賛歌です。主は、いつも私たちと、ともにおられる、命にも優る方です。申命記8:2-5「あなたの神、主が、この四十年の間、荒野であなたを歩ませられた全行程を覚えていなければならない。それは、あなたを苦しめて、あなたを試み、あなたがその命令を守るかどうか、あなたの心のうちにあるものを知るためであった。それで主は、あなたを苦しめ、飢えさせて、あなたも知らず、あなたの先祖たちも知らなかったマナを食べさせられた。それは、人はパンだけで生きるのではない、人は主の口から出るすべてのもので生きる、ということを、あなたにわからせるためであった。この四十年の間、あなたの着物はすり切れず、あなたの足は、はれなかった。あなたは、人がその子を訓練するように、あなたの神、主があなたを訓練されることを、知らなければならない。」・・・わざわい、試練、困難の中で、あなたはそれでも御言葉に従いますか?
 
  試練や苦しみは私たちを清めていくために必要とあります。マラキ書3:3「この方は、銀を精練し、これをきよめる者として座に着き、レビの子らをきよめ、彼らを金のように、銀のように純粋にする。」苦しみは決して好ましいことではありません。しかし、ローマ書に艱難は忍耐を生み、忍耐は練られた品性を生むとあります。苦労している人は二つのタイプに分かれます。一つはすごくひがむ人。もう一つのタイプは練られた品性を持つ人です。試練の中でクリスチャンは聖霊様にすがって神様の愛に歩むことができるので、練られた品性を持つようにされるのです。
ゼカリア13:8-9「全地はこうなる。・・主の御告げ。・・その三分の二は断たれ、死に絶え、三分の一がそこに残る。わたしは、その三分の一を火の中に入れ、銀を練るように彼らを練り、金をためすように彼らをためす。彼らはわたしの名を呼び、わたしは彼らに答える。わたしは「これはわたしの民。」と言い、彼らは「主は私の神。」と言う。」神が私たちを振るいにかけて、1/3が残るとあります。残った人々は告白します。主こそ私の神であると。また、残った民に主は語られます。あなたこそ、私の民であると。主が良い牧者であることを私も皆さんも心から知ることです。あなたにとって、私はどんな存在として受け入れられているのですか?と主は問われます。

  詩編23:5には「敵」という言葉がでてきます。この敵は人ではありません。エペソ人への手紙にありますが、この世の主権者、空中の君、サタン、偽りの君、人殺しであります。ヨハネ10:10には羊を盗む盗人とあります。第二テサロニケ2:9不法を働く者、だますもの、あざむくもの、ヨブ1:9では、いつも非難するもとあります。神様の前で、また私たち自身へも告発しつづけます。だまし、恐れさせ、告発し、盗んでいきます。私たちのうちにある、御言葉さえ、盗んでいきます。主の御言葉に頼って、イエスキリストに頼って信じて生きるなら、聖霊様が激しく臨みとどまり、どんな敵の前でも主は食事を整えてくださり、油を杯から溢れるほど注いでくださいます。義のための苦しみは、後の大きな栄光となります。第一ペテロ4:13「むしろ、キリストの苦しみにあずかれるのですから、喜んでいなさい。それは、キリストの栄光が現われるときにも、喜びおどる者となるためです。」

  主は良いお方で、慈しみと恵みとに溢れています。悩みの中で私たちはイエス様こそ我が救い、我が力、我が喜び、と知ることができます。私たちが困難な状況で主を賛美していく時、サタンは逃げ出していきます。私たちが、天の父によって遣わされたイエスキリストの十字架によって生きるならば、イエス様は万全の備えを私たちのために整えて下さる最高の主です。恵みと祝福を与えられるお方です。どんな状況の中でも、このお方に従って生きましょう。


 

 2002年12月6日更新

 

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