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主よ立ち上がって

- 2002年12月29日 -

 水野 明廣 師

詩篇25:20-21

  私たちの信じる神様、主は「真実の神で、偽りがなく、正しい方、直ぐな方」です(申命記32:4)。そして「まことに、主のことばは正しく、そのわざはことごとく真実」です(詩篇33:4)。だからこそ、私たち神の民には誠実で正しくあることを求めておられます。「正義と誠実を追い求める者は、いのちと正義と誉れとを得る。」(箴言21:21)

 しかし、今年一年マスコミを賑わした事件の数々に代表されるように、この世にあって、誠実や正しさを貫き通すことは困難です。「この世を支配する者」(ヨハネ12:31)、「空中の権威を持つ支配者」(エペソ2:2)であるサタンは、「偽り者であり、また偽りの父」(ヨハネ8:44)「欺く者・・・偽りを語る者」(詩篇101:7)です。「悪魔は初めから人殺しであり、真理に立ってはいません。彼のうちには真理がないからです。」(ヨハネ8:44)人間は神の似姿に造られたのに、アダムとエバはサタンに騙されて、神様から遠く離れてしまったのです。それでも神様は「たとい山々が移り、丘が動いても、わたしの変わらぬ愛はあなたから移らず、わたしの平和の契約は動かない。」(イザヤ54:10)「永遠の愛をもって、わたしはあなたを愛した。それゆえ、わたしはあなたに、誠実を尽くし続けた。」(エレミヤ31:3)と仰せられます。そして神の小羊イエス様が「死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われた」(ピリピ2:8)までに、私たちに愛の御手を差し伸べておられるのです。そして、ちょうど婚約中、あるいは既婚者が自分のパートナーに誠実を求めるように、私たちの主も誠実を求められます「わたしは、あなたの若かったころの誠実、婚約時代の愛、荒野の種も蒔かれていない地でのわたしへの従順を覚えている。」(エレミヤ2:2)

 私たちクリスチャンは、「この世の霊を受けたのではなく、神の御霊を受けました。」(1コリント2:12)聖霊様の助けがあってこそ、誠実で正しくある事ができます。理解に苦しむ、納得できない、理不尽で不誠実な事ばかりのこの世にあって、生やさしい事ではありません。でも、「正しい者の悩みは多い。しかし、主はそのすべてから彼を救い出される」のです(詩篇34:19)。主を見上げましょう。不誠実で、偽りやごまかしが横行する中で、「しかし、主よ。私は、あなたに信頼しています。私は告白します。『あなたこそ私の神です。』」(詩篇31:14)という信仰が要求されます。そして「誠実と正しさが私を保ちますように。私はあなたを待ち望んでいます。」(詩篇25:21)と祈って主を待ち望む心構えが大切です。
 「なおのこと、天におられるあなたがたの父が、どうして、求める者たちに良いものを下さらないことがありましょう。」(マタイ7:11)主を待ち望む私たちに、主の誠実は極みにまで達します。「主はいつくしみ深い。主を待ち望む者、主を求めるたましいに。」(哀歌3:25)「まことに、あなたを待ち望む者はだれも恥を見ません。」(詩篇25:3)「見よ。主の目は主を恐れる者に注がれる。その恵みを待ち望む者に。」(詩篇33:18)「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。」(イザヤ40:31)「しかし、私は主を仰ぎ見、私の救いの神を待ち望む。私の神は私の願いを聞いてくださる。」(ミカ7:7)また、日々の生活の中で主が介入して下さることもあるでしょう「そうだ。あなたが正しい心でこの事をしたのを、わたし自身よく知っていた。それでわたしも、あなたがわたしに罪を犯さないようにしたのだ。」(創世記20:6)

 誠実と正しさを追い求め、主を待ち望みましょう。主が立ち上がって下さるまで。


 永遠の愛をもって私たちを愛して下さる主よ。あなたにならって私も、誠実さと正しさを大切にして、みことばの通りに歩みます。自分の才能や能力ではなく、聖霊様に依り頼みます。あなたの特別な助けを、主イエス様の御名によってお願いします。アーメン。

 2002年12月31日更新

 

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