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引き上げられる人は II

- 2003年1月12日 -

 水野 明廣 師

詩篇 26:6-7

主よ。私は手を洗ってきよくし、あなたの祭壇の回りを歩きましょう。
感謝の声を聞こえさせ、あなたの奇しいみわざを余すことなく、語り告げましょう。
         (詩篇26編6-7節)

 私たちが真剣に主を礼拝しよう、主に仕えようと決心した途端に、落胆させられたり、いらいらさせられたりする、とても感謝できないような出来事が起こってしまうという経験をされた方も多いのではないでしょうか。自分の問題や弱さのために、自分は主に仕えるのにふさわしくないという思いに悩まされることもあるでしょう。それは、神の子である私たちが受けるとるべき豊かないのちを盗む敵が存在しているからです。ここに霊的な戦いがあります。このような時こそ、主の恵みを前に置かなければ、私たちは主に仕えることはできません。感謝できないような状況の中で、なお主に感謝の声を上げていくこと、これが手を洗ってきよくすること、すなわちきよい生活です。汚れた生活とは感謝の声を失った生活です。つぶやきは主を悲しませることであり、最も汚れたことです。感謝できないのなら、むしろ黙っていた方が良いのです。イエス様は十字架への道を口を開かず黙々と歩まれました。また、イエス様はパンが足りないと言う人々の前で、わずかなパンに感謝を捧げて、それを分けられました。(参考 ヨハネ 6:11)与えられているものに感謝することから、奇跡が始まります。私たちは神の子とされていることに感謝しましょう。神が共におられること、神に愛されていることに感謝しましょう。感謝すればするほど主が引き上げてくださいます。

“感謝のいけにえを神にささげよ。”(詩篇 50:14)主は私たちのどんな犠牲よりも感謝することを喜ばれます。
“感謝のいけにえをささげる人は、私をあがめよう。”(詩篇 50:23)
主は私たちが感謝の声を上げて、口に出すことをさらに喜ばれます。
“すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。”(I テサロニケ 5:18)
すべてに感謝することは、神の御心です。感情的にはとても感謝できないようなことも、自分の心と目に従わないで、御言葉に従いましょう。(参考 民数記 15:39)

御言葉に従って、感謝し続けるなら、必ず主のすばらしさを知ることができます。主は絶対に良いお方です。奇跡をなさる方です。感謝する個人に、家庭に、教会に、主が恵もうと立ち上がっておられます。まず、私から始めましょう。主に対して、周りの人々に対して感謝の声を出していきましょう。昨日よりも今日、今日よりも明日、もっと多くの感謝の声を上げ主をほめたたえていかれますように祈ります。


 

 2003年1月15日更新

 

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