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悩みを克服する

- 2003年1月26日 -

 水野 明廣 師

詩篇 27:4-6

 神様への願いを申し上げるならば、私は生きている限り主の家に住んでいる事です。詩篇92:13「彼らは、主の家に植えられ、私たちの紙の大庭で栄えます。彼らは年老いてもなお、実を実らせ、みずみずしく生い茂っていましよう。」と書かれています。詩篇122:1「さあ、主の家に行こう」と言った時に主も喜んだと言います。主の御前にこうしていっしょに集まることが出来る事はとても素晴らしい事です。ですから、今日、主の家に来る事が出来て良かったとお隣の方に行って上げて下さい。

  さて、主の家に来れてよかった3つの理由を申し挙げます。
  まず、第1に「主の御名によって来る者に祝福あれ」と聖書に書かれています。祝福という事はとても大事な事です。箴言10:22「主の祝福そのものが人を富ませ、人の苦労は何もそれに加えない。」主の祝福が人を富ませる。試練があっても何があっても堂々とそれを乗り越えていく事ができる、その主の祝福が人を富ませるんです。富とは単なる金銭的以上のものです。主の祝福に私たちは生きるという事は非常に大事な事ですが、実は主に集まる事の意味の1つの大きな理由、第1番目詩篇118:26「主の御名によって来る人に、祝福があるように。主の家から、あなた方を祝福した。」
  ですから、本来私たちは教会に来るというのは、神の祝福をもっと受けるためでもあります。と同時にお互いに祝福しあう為でもあります。一番悲しい事は教会にきて祝福でない言葉がお互いの中で交わされてしまう事です。私たちは主の家になって神の祝福を見せるんだ、現すんだ、経験するんだと、心に決めましょう。
  ダビデはイエス様の事を知りませんでした。十字架の事も知らないのです。羊飼いであり、後に王様になったダビデは私の一つの願いは主の家にいる事だと言っています。つまり、一生に一つ願いが叶うのなら、私は主の宮にいたいのですと。その理由は主の麗しさを知りたいからです。エペソ3:17「愛に根ざし、愛に基礎を置いているあなたが」と書いてあります。どんなに主なる神様が愛してくださるのか皆さんが味わってそれを経験して、それを知っているところが土台なんです。主は皆さんがいるという事を喜んでいる事を忘れないでください。私たちは神様が私たちを愛するから私たちを造られて私たちを愛するために生きていると言っても過言ではありません。だから、この主の麗しさ、これを私たちは知る事が出来るために主の家にいるのです。主の家に来て何か素敵な贈り物より、最高の贈り物は主よあなたからの贈り物です。主の麗しさを知って下さい。
  詩篇63:1でダビデは「水のない、砂漠の衰え果てた地の上で、私のたましいは、あなたに渇き、私の身も、あなたを慕って気を失うばかりです。」と言っています。地位があっても何があっても彼は神に渇いて主よ、私はあなたを切に求めます。あなたを見上げます。あなたを求めます。」そういって詩篇63:2「主を待ち望み、主を仰ぎ、主を求めた為に、主よあなたの恵み、慈しみは命にまさります。」と歌い始めます。
  皆さん、クリスチャンライフの決定的なことは、他の宗教と違うことは、生きておられる、愛してくださる本当のお父様、本当の主と交わる事ができる、そして主の愛を私たちは経験できる事です。その事を実は知ったので私はどんな所いるよりも主よあなたの宮に居たいのです。悩みが私を襲ってくる。問題が私を襲ってくる苦しい事がやってくる、でも、主が私の力、私の盾、私の囲いとなって、主は私を支えてくださるハレルヤ。主よ、悩みを、こんな苦しみをあなたが超えさせて下さる。皆さん、忙しい社会で私たちはゆっくりと主を仰ぎ見、主の麗しさを知るそういうことが少ないようです。主は良いお方です。

  第2番目、主の家に集まるその事によって私たちは悩みから主が解放して下さる。
  第3番目、どんな敵があなたを襲ったとしても、主の家に居ますから勝利です。主の家に来る事の大切さ、祝福がそこから流れて来るからです。私たちは主の大きな勝利の中に、問題を克服する事が出来るのです。主の家に居る限り、主を礼拝する限り、敵が居てさえ勝利を私たちにもたらして下さるのです。一番大切なことは主の麗しさを知る事です。主がどんなに良いお方か、その事が本当にわかるのなら私たちは負けません。勝利します。あなたが主の麗しさを知る事です。クリスチャンの本当の成長や強さとは、どれほどに今生きておられる主を知っているかにかかっていると言っても言い過ぎではありません。イエス様を知っていることです。そういうイエス様の愛を知っている人はどこでも生活します。家でも教会の中でも会社でも同じ人です。


  ピリピ3:2にあるように、皆さんの本籍は天国です。主の家から主が祝福して送り出して下さいますように。主よ、あなたを知りたいです。あなたを求めます。主を期待し、求めていけますように。私は生きていく限り、主よ、あなたの家に住まい、あなたの麗しさをしたい求めて参ります。わたしはもうこの世に籍を持たない天に住まいを持つ、御国の神、御国の世継、神の子供と呼ばれています。この混乱している世の中、社会の中で主よ、今日ここに集まっているお一人びとりをあなたの麗しさをみて、あなたの聖霊の助けによって、私のまわりの人が変わってきていると感じることとなりますように。どうか私の言葉を作り変えて下さい。主よ、あなたに従います。主よ、まだまだ、あなたの事を知らないです。だから、心が騒いだり、動揺したり、言わなくてもいい事を言ってみたり、しないでもいい事をしてみたりしてしまいます。主よ、あなたを慕います。今日、集まったお一人びとりをあなたが幹で、私たちはただの枝なのですから、主よ、しっかりとあなたにつながってあなたのお言葉に留まって主の素晴らしさを知る事ができますように。イエス様の愛、その恵み、慈しみを味わう事が出来ますように。お一人びとりを祝福で祈り感謝します。アーメン

 2003年1月29日更新

 

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