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共に集まって祈ると

- 2003年2月2日 -

 水野 明廣 師

使徒の働きより

使徒 2:1には、「五旬節の日になって、みなが一つ所に集まっていた。」という御言葉があります。共に集まって祈るということはとても大切なことです。エペソ 2:21-22に「この方にあって、組み合わされた建物の全体が成長し、主にある聖なる宮となるのであり、このキリストにあって、あなたがたもともに建てられ、御霊によって神の御住まいとなるのです。」とあるからです。共にあつまり、結び合わさり、組み合わされて、さらに成長して、人々の前でよい証しとなることはとても素晴らしいことです。そして、これはイエス・キリストの御心です。教会のため、教会の人々のためにイエス・キリストはご自分をお捨てになりました。エペソ5:25 「・・キリストが教会を愛し、教会のためにご自身をささげられたように、・・。」 5:26-27 「キリストがそうされたのは、御言葉により、水の洗いをもって、教会をきよめて聖なるものとするためであり、ご自身で、しみや、しわや、そのようなものの何一つない、聖く傷のないものとなった栄光の教会を、ご自分の前に立たせるためです。」
時々、教会でこんなことがあったから・・・、とか○○さんと不都合があるので・・・、といった理由で教会に来なくなってしまう方がみえますが、主は皆さんが教会にともに集まって祈りあうことを大切に思っておられます。主の御心とは反対に、サタンは、キリストの花嫁である教会を打ち壊したいと願っています。その思惑どおりになってしまわないよう気をつけてください。

キリストは私達を愛されたので、十字架によって罪から私達を贖ってくださいました。贖いだされた私達を主はご自身のように愛されています。教会はキリストの体です。そして一人一人がキリストの体の各部分を、担っています。体は機能に応じて、各部でそれぞれ働くように、教会をつくりあげている個人の賜物もまちまちです。そして頭はキリストです。キリストの思いに従って、体である私達は一致して事を行います。そうして主にあって建てあげられた教会は、闇の勢力を打ち砕く強固な砦となります。マタイ 16:18では、「あなたはペテロです。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てます。ハデスの門もそれには打ち勝てません。」今ここにある、闇の力、暗闇の主権者、悪の力を打ち砕くのは主にあって建て上げられた教会です。エペソ 3:10「今、天にある支配と権威とに対して、教会を通して、神の豊かな知恵が示されるためであって、・・。」主にある教会を建てあげるためにイエス・キリストのもとに集まり、共に祈りましょう。

同じ教会であっても、夫婦であっても、お互いの違いのために、傷つけあうことがあります。これは親子の間でも言えることです。しかし、神様は一人一人を個性あるものとしておつくりになられ、よしとされました。ですから、違いを認め合い、受け入れあって、主にある一致を保ってください。主は花嫁としての教会を愛さていますので、再臨の日に主は教会に来られます。ですから、教会で集うことを大事にしてください。イザヤ 56:7「わたしの家は、すべての民の祈りの家と呼ばれるからだ。」

教会に人々があつまったら、まず主が教会に働かれるよう、祈ってください。共に集まり、共に祈る時、主の祝福の約束が成就されます。教会の活動をするときは、まず最初に祈ってから行いましょう。教会は主の体、主の花嫁です。互いにみなが集まって祈る時、お互いに結び合わされ、組み合わされて一人一人が成長し、主のわざが完成されていきます。自分を閉ざして交わりをやめてしまうことはとても残念なことです。箴言 18:1「おのれを閉ざす者は自分の欲望のままに求め、すべてのすぐれた知性と仲たがいする。」とあるからです。家族も隣人も主が与えてくださっています。夫婦でも共に祈ること、教会で集まった時も、祈ることを大事にしてください。イエス様は教会を愛し、教会のために死なれ、そしてまた教会を建てあげられました。主にあって共に祈るときに、主の祝福の約束は成し遂げられます。

クリスチャンが主の働きをしていく時に必要なのは、力を受けることが必要です。そのために、まず主に声あげて祈り求めましょう。使徒 4:24, 29-30, 33『これを聞いた人々はみな、心を一つにして、神に向かい、声を上げて言った。「主よ。あなたは天と地と海とその中のすべてのものを造られた方です。・・主よ。いま彼らの脅かしをご覧になり、あなたのしもべたちに御言葉を大胆に語らせてください。御手を伸ばしていやしを行なわせ、あなたの聖なるしもべイエスの御名によって、しるしと不思議なわざを行なわせてください。」彼らがこう祈ると、その集まっていた場所が震い動き、一同は聖霊に満たされ、神のことばを大胆に語りだした。・・使徒たちは、主イエスの復活を非常に力強くあかしし、大きな恵みがそのすべての者の上にあった。』私達も祈りによって聖霊の力を得て、大胆に主の働きを行っていきましょう。

使徒12章にも、牢につながれたペテロのために教会が熱心に祈ったとあります。そのとき、主の軌跡のわざが起こり、ペテロの手足の鎖はとかれました。神様は信仰によって、一緒に祈りあう時に祝福と解放のわざを起こしてくださいます。共に主の家に集まり、祈りに始り、祈りに終わる生活をしていきましょう。その時、主は大きな祝福の御わざを完成させてくださいます。


 

 2003年2月6日更新

 

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