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幸いな人

- 2003年3月23日 -

 水野 明廣 師

マタイ 5:9

  マタイ 5:9 「平和をつくる者は幸いです。その人は神の子どもと呼ばれるからです。」
  今、私たちの心の中に、私たちの家庭に神の平和がありますように、そのような願いでいっぱいです。でも、それは天から一方的に降って来るものではなく、「つくる」と書いてあります。平和が「起こる」とは書いてありません。平和を作るものは幸いです。
  ある少年が海岸の砂浜に貝が打ち寄せられていたのを見て、一つ一つ拾っては海に向かって投げていました。近くにいる人が「そんなに君がいくら投げ捨てたってどうにもならないよ」と言われましたが、少年はこう言いました。「僕が全部の貝を海に戻すことは出来ないかもしれない。けれど、僕が投げ返した貝だけは海に戻って元気にしてるよ。」と。

  今日は平和を作るという大きなタイトルをメッセージに掲げてしまいました。私たちは一人で世界平和を作り出すのは出来る存在ではないかも知れません。でも、皆さんに申し上げたいことは、皆さん自身が平和を作る人になってくださることによって、あなたからもう一人の人に、主の平和が伝えられていけばいいと思います。すべての平和を一人の人が取り戻せないけど、一人の人に平和が戻るなら私たちの存在に意義があると思います。
  紛争を起こす人は陰口をいう人、捩れごとを言う人、怒りっぽい人、心の中に解決されていない怒りを持つ人です。皆さん、人の心の何処かに誰かに対して、何かのことで私たちが解かされていない恨みや憤りを持ったままにしておくと、その結果、多くの場合、年月を経ての人間関係がうまくいかなかったり、健康が侵されたり様々な現象が出てくるのです。そのような問題を完璧に解決できるのは、神様以外にはありません。

  神様の愛が私たちに注がれているのを見たときに、私たちは始めて1ヨハネ 4:18 「愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します。なぜなら恐れには刑罰が伴っているからです。恐れる者の愛は、全きものとなっていないのです。」とあるように、完全な愛の強さを知ることができるのです。
  私たちは平和を作るためには、まず自らが私たちの内に神様との平和を持つことが必要なのです。私たちは自分の中に実は神様という方が自分を本当に愛して下さっている、許してくださっていると確信が重要なのです。神様から赦された喜びの確信は、クリスチャンの特権だと思います。
  コロサイ 1:20 「そして、その十字架の血によって平和をつくり、」とあるように、キリストが私たちのために平和を作ってくださったのです。主イエス・キリストの十字架のおかげで、私たちは神様との関係は平和になっているのです。罪の刑罰、罪の呪いから開放されるからです。本当の赦しがないと、笑っていても心の中や魂の中には、本当の喜びは沸いてはきません。喜びとはその裏に赦しがあるのです。クリスチャンが喜んでいるのは赦しがあるからです。相手が赦してくれなくも、また相手が全然受けつけなくても平和を求め続けて下さい。

●ヘブル 12:14 「すべての人との平和を追い求め、また、聖められることを追い求めなさい。」
●1ペテロ 3:11 「悪から遠ざかって善を行ない、平和を求めてこれを追い求めよ。」
●ローマ 2:18 「あなたがたは、自分に関する限り、すべての人と平和を保ちなさい。」

  平和を追っかけて下さい。追い求めてください。平和は壊れやすいものです。求めなさい。祈りなさい。事業に、家庭に、なんでもいいですから求めてください。皆さん、そうすれば神様の平和があなたの心を収めて下さいます。コロサイ 3:14 「これらいっさいのものの上に、愛を加えなさい。」どんなことが起きても、神様が愛するように私も愛することが大切です。そうすれば平安を収めて下さいます。私たちは心が家庭が人生がまず平和になっていけばと思います。


  外側でいくら成功していても、私たちは一番近い人との平和の関係を失っていてはなにもなりません。神様の御心は平和をつくる人です。神様との関係がまず平和でありますから感謝です。人との平和を追い求めて下さい。平和の気持ちが私たちの心を収めますように。その平和を分け与える人になって下さい。届ける人になって下さい。アーメン

 2003年3月26日更新

 

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