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主に働いていただく人は

- 2003年3月30日 -

 水野 明廣 師

詩篇 31篇

  私たち人間は、神様を愛する存在、そして神様に愛される対象として造られました。「山を動かすほどの完全な信仰を持っていても、愛がないなら、何の値うちもありません。」(1コリント13:2)神様と私たちの間には、心からの信頼に基づいた愛の関係があるということが、クリスチャンの信仰生活の根幹です。
  ダビデは、このことをよく知っていたので、主への愛を多くの詩篇で歌っています。彼はイスラエルの王となって、神様に大きく用いられた器でしたが、日々の歩みの中で大変な痛み・苦しみを通っています。しかし、ダビデ、そして私たちは、そのような人生の谷間でこそ、神様の愛を経験するのです。実は、試練を通らない歩みは決して望ましいものではありません。「モアブは若い時から安らかであった。彼はぶどう酒のかすの上にじっとたまっていて、器から器へあけられたこともなく、捕囚として連れて行かれたこともなかった。それゆえ、その味はそのまま残り、かおりも変わらなかった。」(エレミヤ48:11)

  使徒パウロもそうでした。彼は語ります。「私たちが神の国にはいるには、多くの苦しみを経なければならない。」(使徒14:22)「確かに、キリスト・イエスにあって敬虔に生きようと願う者はみな、迫害を受けます。」(2テモテ3:12)隣人、配偶者、親友・・・四方八方自分の周りには、どこにも助けてくれる人がいないといった状況に置かれることもあるでしょう。ダビデはこう言っています。「しかし、主よ。私は、あなたに信頼しています。私は告白します。「あなたこそ私の神です。」」そうです。「しかし」そのような暗闇を通っているうちに、詩篇は私たちの歌となり、私たちの告白となります。「神はわれらの避け所、また力。苦しむとき、そこにある助け。」(詩篇46:1)「私の助けは、どこから来るのだろうか。私の助けは、天地を造られた主から来る。」(詩篇121:1〜2)「私たちの助けは、天地を造られた主の御名にある。」(詩篇124:8)ただ主だけが私たちの拠りどころであることと、主の愛の大きさを知るのです。主の恵み、いつくしみは、この世の何ものにも勝ります。「あなたの恵みは、いのちにもまさるゆえ、私のくちびるは、あなたを賛美します。」(詩篇63:3)
  様は、私たちの前に祝福と呪いを置かれました。無論、主なる神様は、私たちが祝福を選び取ることを望んでおられます。試練の中で、また逆に成功と繁栄を手にしている時、主から心が離れていくことに対して主は、みことばで警告しておられます。
●「あなたが万一、あなたの神、主を忘れ、ほかの神々に従い、これらに仕え、これらを拝むようなことがあれば、きょう、私はあなたがたに警告する。あなたがたは必ず滅びる。」(申命記8:13)
●「しかし、あなたには非難すべきことがある。あなたは初めの愛から離れてしまった。それで、あなたは、どこから落ちたかを思い出し、悔い改めて、初めの行ないをしなさい。もしそうでなく、悔い改めることをしないならば、わたしは、あなたのところに行って、あなたの燭台をその置かれた所から取りはずしてしまおう。」(黙示録2:4〜5)
●「わたしは、あなたの行ないを知っている。あなたは、冷たくもなく、熱くもない。わたしはむしろ、あなたが冷たいか、熱いかであってほしい。このように、あなたはなまぬるく、熱くも冷たくもないので、わたしの口からあなたを吐き出そう。」(黙示録3:15〜16)

  初めの愛から遠ざかっていないか、なまぬるいところがないか、自分の信仰を吟味しましょう。
  「私たちは、知ろう。主を知ることを切に追い求めよう。」(ホセア6:3)主の愛、そして主御自身をもっと強く求めていきましょう。「また、愛に根ざし、愛に基礎を置いているあなたがたが、すべての聖徒とともに、その広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解する力を持つようになり、人知をはるかに越えたキリストの愛を知ることができますように。」(エペソ3:19)あなたの悩み、痛み、苦しみは決してそれだけでは終わりません。「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。」(ローマ8:28)


  主イエス様、あなただけが、私たちの岩、私たちの避けどころです。もっとあなたを求め、あなたに委ねて生きる日々の歩みとなりますように。聖霊様、特別に助けて下さい。イエス様の御名によってお願いします。アーメン。

 2003年4月2日更新

 

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