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咎を隠しません

- 2003年4月6日 -

 水野 明廣 師

詩篇 32:1-7

  私達が神に喜ばれ、祝福される条件とはなんでしょうか。クリスチャンとして罪のあがないを知っているということは非常に重要なことです。イエス・キリストが私たちの罪のために十字架にかかられたことを知っていることは、どんなにか大事でしょうか。
  ルカ 7:32-では、イエスを食事に招いたパリサイ人の話があります。このパリサイ人は決して心からイエスをあたたかく歓迎して招いたわけでないことがわかります。パリサイ人とイエスが食卓を囲んでいるところに、罪深い女性がやってきました。この女性は、たくさんの男性と関係をもち、忌み嫌われていました。その女性がひざまずいてイエスの足を涙で洗い、その髪の毛で足をぬぐい、高価な香油をぬりました。その一部始終をパリサイ人は、なぜ罪深いこの女がイエス自身の足に触れることをゆるされるのだろうか、と冷たい視線でじっと見ていました。
  イエスはそんなパリサイ人の思いをご存知でした。そして、ある金貸しのたとえ話をされて言われました。ルカ 7:47「だから、わたしは言うのです。『この女の多くの罪は赦されています。というのは、彼女はよけい愛したからです。しかし少ししか赦されない者は、少ししか愛しません。』」彼女は多くの罪を犯しましたが、イエスの前にすべてを隠すことなく悔い改めました。それはイエスを心から救い主と信じて愛していたからです。多く愛するものは多くの罪がゆるされるのです。

  人間は誰しも、がん細胞を持っているといいます。それは問題にならない程度だそうです。しかし何らかの刺激によってそれは大きく発達していきます。同じように誰しも罪をもっています。罪をそのままで放置しておくならば、何らかのきっかけによって、大きく膨らみ始めそして、大きな破壊的な力を生み出します。幸せな人とは罪ゆるされた人のことです。心に責められることがなく、平安に生きることができる人です。これは一番よいことです。心に隠している罪がないことは、その人自身の問題だけで終わらず、人間関係にも影響します。罪をイエスに告白し、イエスの十字架によって精算していないならば、その刈り取りをすることになります。もし、あなたが誰かを許さず、憎んだままでいたならば、その罪の報酬はあなたのもとにかえってゆきます。ですから、十字架にかかってすべての罪をあがなってくださったイエス・キリストの前に告白し、心から悔い改めて赦していただきましょう。

  以前、生駒聖書学院で働いていたことがあります。その当時、学院生であったある女性から相談されました。私はこの学院のある男性と関係を持ちました。そのことによって非常に心に責めを負っています・・・という話でした。すぐにその男性を呼びまして、事情を聞きました。色々とありましたが、二人とも涙を流しながら告白し、悔い改めたのでした。しかし、その後、その男性は違う女性と同じ過ちを犯しました。そのときも以前と同じように涙を流して告白していましたが、その男性はその後も様々な問題をおこし、現在とんでもない状況にあることを知っています。
  罪を告白し、心から悔い改めたならば、同じ罪を犯さないようにしてください。また、罪の刈り取りは必ずしなければなりません。罪を人から指摘されるのでは遅いのです。主が示してくださったならばすぐに包み隠さず主に告白し、悔い改めましょう。もし、あなたの体にがん細胞がみつかったならば医者はできるだけ早く取り除こうとするでしょう。同じように、主も私たちのうちに罪を見つけたらばできるだけ早く取り除こうと、私たちにあらゆる機会を用いて示してくださいます。
  神の赦しはいつまで続くのでしょうか。答えは「いつまでも続く」です。しかし、悔い改めの機会はいつまであるかわかりません。ですから、罪が示されたならば心開いて、すぐに悔い改めましょう。私たちの罪を悔い改めないとき私たちは苦しく、人間関係にも悩むことが多いのです。特に自分の妻や夫、両親や兄弟など最も近い関係にある人々との関係において、精算されていない赦せない思いや苦々しい思い、憎しみの思いがあるならば、すぐにでも神の前に告白してイエスキリストの十字架の救いにすがりましょう。
  第二次世界大戦の際、日本で捕虜となったイギリス人の方々が和解のひと時をもつために先日日本にやってきました。その中の一人は、戦争中に受けた様々な出来事と心の傷のために日本を決してゆるすことができず、「日本」と聞くことさえも嫌でした。しかし、この和解のツアー参加へ声をかけられて、もし自分の心が少しでも癒されるのならばと思い、参加されたそうです。そこで、日本で受けた数々の出来事を私(水野牧師)は聞きました。日本の犯した罪に私は涙をながして悔い改めました。そのとき、聖霊が働いてくださり、その方の心に何かをもたらしました。先日イギリスに戻られたその方から手紙がきました。「実に58年ぶりに私の心は晴れ晴れとしています。私は日本を去るときには日本のたくさんのお土産を買い、日本の着物を着て、日本のお茶碗で今食事をしています。」罪を主の前に告白し、精算するとき、私たちの心は健康で平安な人生をおくることができます。神から罪を示されたならば、すぐに罪を告白してイエス・キリストのとりなしにより頼みましょう。


 

 2003年4月9日更新

 

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