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「イスラム圏伝道の証し」

- 2003年6月15日 -

使徒11:19〜24

A宣教師

  皆さんはイスラムの人々と聞いて、どのような人々を連想されますか?
  彼らは実に誠実で、礼儀正しく、親切な人々です。傍目に見ている限り、まるでもうクリスチャンになっているかのようです。

  しかし、彼らイスラム人は、特別な戒律の下に生活しています。彼らは「運命共同体」を形成しています。つまり自分たちのためにすることは何でも善と見なされるのです。例えば飢えたメンバーがいたとしましょう。仲間が他人の家に押し入って食料を奪ってメンバーと分かち合う行為は「善」なのです。私たちクリスチャンの「宗教共同体」とは全く異なる規律です。この事を十分に理解していないとイスラム圏では生活できません。

  皆さん御承知の通り、イスラム圏でのキリスト教伝道は困難を極めています。世界中を見渡しても、新たにイスラムに改宗する人々が増えている現状です。
  イランでは、クリスチャンと知られると、完全に村八分にされ、就職も結婚もできなくなり、迫害を受けます。それでも彼らクリスチャンは喜びにあふれて生きています。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。」(マタイ16;24,マルコ8:34,ルカ9:23)この御言葉に徹底して従っているのです。

  ある兄弟の例を挙げましょう。彼は、学校を優秀な成績で卒業し、前途洋々で、ある外国の会社に履歴書を提出しました。「宗教」の欄に「キリスト教」と記入してありました。係の職員がこれを見て、「あなたの名前を見るとイスラム圏の人とわかってしまいます。『イスラム』と訂正しなさい。」彼は断りました。「私はクリスチャンです。嘘はつけません。」「ではこの欄は空欄にしておきなさい。後で書類審査の時に私が『イスラム』とこっそり書いておきますから」兄弟は答えました。「お断りします。」結局彼は就職できなくなりました。それでも彼は嬉しかったし、誇りに思っていたのです。「人に従うより、神に従うべきです。」(使徒5:29)みことばに従順であったからです。

  私たちが陥りやすい過ちの一つに、「旧約の神様は律法の神様、新約の神様は恵みの神様」という考え方ですが、主なる神様は昨日も今日もいつまでも変わらず、旧新約通して恵みの神様であられます。「恵み」とは何でしょうか。物質的・金銭的繁栄でしょうか。確かにそれも神様の祝福の一つですが、最高の恵みとは、イエス・キリストが十字架で私たちの罪を一身に受けて、尊い命をもって贖って下さったことではありませんか。
私たちは「イエス様から何をいただきましたか?」と尋ね合います。イスラム圏のクリスチャンは違います。「あなたはイエス様のために何を失いましたか?」イランの兄弟姉妹のためにお祈り下さい。

 

 2003年6月21日更新

 

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