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『互いに愛し合う/一致』

2003/07/20

丹羽博志師

ヨハネ13:34〜35
エペソ4:1〜16

  カナダの教会で教役者の集まる祈祷会のテーマが「一致」でした。エペソ4:1〜6にあるように父、御子、御霊はひとつです。しかし、現実の教会には教団教派の違いがあり、自分の基準だけで物事にあたると、他の人を圧迫することがあり、一致には至らないということを教えられました。

  人は自分では愛をもって物事にあたっているつもりになってしまいやすく、他人に対してこんなに愛しているのに、なかなか分かってもらえないという不満が心に湧きやすいものです。また、親も子に対して愛を持ってアドバイスをしているのに、わかってくれないと感じやすく、このようなことが起こる場合には、実はコミュニケーションの不足が起こっているのです。

「イエスの名によって集うところにはイエスがおられる」

  コミュニケーションの上手くいっている時には、神様からの感覚的な恵み、愛を強く感じることが出来ますが、上手くいっていない時にはまったく感じられないはずです。また、悪いときほど神様からの恵み、愛に気づきにくく、「〜しなければならない、〜でなければならない」という感覚に陥りやすいものです。

●エペソ4:4〜6
  からだは一つ、御霊は一つです。あなたがたが召されたとき、召しのもたらした望みが一つであったのと同じです。 主は一つ、信仰は一つ、バプテスマは一つです。すべてのものの上にあり、すべてのものを貫き、すべてのもののうちにおられる、すべてのものの父なる神は一つです。

とあるように、ひとつであるつもりでも自分の物差しやルールに従うと、他の人からは少しは私の基準に合わせて欲しいと感じさせてしまう事が多いのです。コミュニケーションを円滑にし、信頼を得るには、自分の基準を持ち込むと上手くいきません。

  では、自分の基準を持ち込まないというのは妥協したり、信念を曲げることでしょうか?

  神様の示された基準は聖書です。ヨハネ3:30のように、自我については自分が死に、信念については一度そこから離れてみることが必要です。こうあるべきだという基準から離れ、そして、互いに励ますことが大切です。自分と他人はお互い違う人であり、基準は異なりますが、努力すれば一致した基準が必ず見つかります。違いに目を向けるよりも一致する点を見つめて増やしていくほうがよりよいコミュニケーションが取れるのです。

  またこの世界には一致を乱す闇の力が働いていることも事実です。私たちが見るもの、戦うものは、自分と違う人たちではなく、闇の力の源であることも忘れてはなりません。

 2003年7月24日更新

 

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