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「真の和解は十字架から」


- 2003年7月27日 -

 村仲 俊朗 師

Uコリント5:18〜20

Uコリント5:8〜20
「これらのことはすべて、神から出ているのです。神は、キリストによって、私たちをご自分と和解させ、また和解の務めを私たちに与えてくださいました。すなわち、神は、キリストにあって、この世をご自分と和解させ、違反行為の責めを人々に負わせないで、和解のことばを私たちにゆだねられたのです。こういうわけで、私たちはキリストの使節なのです。ちょうど神が私たちを通して懇願しておられるようです。私たちは、キリストに代わって、あなたがたに願います。神の和解を受け入れなさい。」

  イエス様が十字架に付けられて「彼らは何をしているのか分らないのです。彼らを赦し下さい。」と言われました。初めに言ったお言葉が「彼らをお赦し下さい。」です。赦しはとても大切です。主の恵みによって主に出会い、十字架の血潮によって私たちの罪が赦されたのです。この赦しの世界・和解の世界をどうぞ主の恵みを知らない人たちに、私が大胆に勇気を持って分ち合いが出来ますように、お一人一人を強めて助けて下さい。

では、どれだけ赦すべきでしょうか。
●マタイ18:21〜2
「そのとき、ペテロがみもとに来て言った。「主よ。兄弟が私に対して罪を犯したばあい、何度まで赦すべきでしょうか。七度まででしょうか。イエスは言われた。「七度まで、などとはわたしは言いません。七度を七十倍するまでと言います。」と書いてあります。

  魂に幸いを得るようにすべての点で幸いを得、また健康であるように、赦しとか和解があるところに主がすべての面で祝福されて健康を備えて下さいます。神様が私たちを心から愛してくださった。赦して下さったからです。ここに本当のメッセージがあるのです。主が愛して下さっているから、私たちはその愛に応答して人々をも赦していきましょう。主はいつも見ておられます。また、隠れたところでも見ておられます。主に喜びを持って行動しましょう。赦しの生活をする為に主は言われます「彼らを赦しなさい。」。まず、赦しの生活をすることです。なぜ、赦すのだろうと疑問が沸いてくるかも知れませんがそれでも「赦します。アーメン」と言いましょう。

  是非、赦しということが解決していないのであれば、赦しましょう。自分の意思では赦すことが出来ないのなら主に探って頂いて必死に赦しを得ましょう。私が変わる。その大きなことが赦しです。あの人が悪い、この人が悪いではなく、その人を赦します。愛します。その人を祝福して下さい。その人を赦せば自分自身も変わります。主イエス様、あなたの十字架の贖いを心から感謝致します。


祈り
  主よ、まず、あなたが私たちを赦すために立ち上がって下さったことありがとう御座います。十字架に打ち付けられてからのあのお言葉「彼らは何をしているのか分らないのです。」あなたの恵みによってあなたに出会い十字架の血潮によって罪が赦されたことありがとう御座います。
  主よ。この素晴らしい赦しの世界・和解の世界を、どうぞあなたの恵みを知らない人たちに、私が大胆に勇気を持って分ち合いが出来ますように助けて下さい。主よ、私を用いて下さい。私の力では何も出来ませんが、私に主イエス様の力を借してください。和解の勤めを、赦しの勤めを、まっとうすることが出来ますように助けて下さい。イエス様の御名によってお祈りします。アーメン

 2003年7月30日更新

 

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