トップページへ神の家族キリスト教会

 

「健全なクリスチャン生活U」 


- 2003年8月10日 -

水野牧師

詩篇37:4−9

 主をおのれの喜びとせよ。主はあなたの心の願いをかなえてくださる。あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ。主が成し遂げてくださる。主は、あなたの義を光のように、あなたのさばきを真昼のように輝かされる。主の前に静まり、耐え忍んで主を待て。おのれの道の栄える者に対して、悪意を遂げようとする人に対して、腹を立てるな。怒ることをやめ、憤りを捨てよ。腹を立てるな。それはただ悪への道だ。悪を行なう者は断ち切られる。しかし主を待ち望む者、彼らは地を受け継ごう。【詩篇37:4-9】


 健全なクリスチャン生活の一番大切なポイントは、私たちが何を軸にしているかということを確認することにあります。すなわち、何が初めであり、何が中心であるかを忘れてはならないということです。初めに神があって、神のために私たちは存在しているのです。万物は御子のために造られ、【コロサイ1:16】すべての者は神の栄光のために造られました。【イザヤ43:7】
ですから自分のからだをもって、神の栄光を現し、【Tコリント6:20】食べるにも、飲むにも、何をするにも、ただ神の栄光を現すためにしなさい。【Tコリント10:31】これが私たちの存在の目的です。私たちのために主がおられるのではなく、主のために私たちがあるのです。私たちが主御自身を中心にしているのなら、私たちの人生の土台は揺るがされません。しかし現実に、私たちには突然の悲しみ、苦しみ、予期せぬ出来事に見舞われることが数多くあり、その中で、私たちはそのことだけに目を奪われてしまうと大切なものを見失ってしまい、主を喜ぶことが出来なくなってしまいます。

  しかし、そのような時、私たちは“主に信頼せよ”と自分に言うべきです。私たちがそんな状況の中でも主に目を向け、主に信頼すること、これが主に喜ばれることであり、主を喜ぶことなのです。今朝は特に“主の前に静まり・・・”この御言葉に注目してください。

  私たちはあまりにも忙しく、主の前に落ち着くことの少ない生活をしているのではないでしょうか。この世の中では忙しいこと、多くの活動をしていることが社会的に成功していることであり、その人の存在価値になっています。気をつけないと教会においても同じです。主の前に静まることは自然に簡単にできることではありません。私たちはたくさんの心騒がせること、いらいらさせられることの中で生きています。自分の意思で主の前に静まろうと決心し、自分の魂に言い聞かせることが必要です。(参考:【詩篇116:7】【詩篇131:2】)

 あせって、自分の感情、自分の考えのままに、早まって決断をしてはなりません。人の心は何にもまさって偽るものです。まず主の前に静まり、主の恵みの光の下に自分を置いて、主の御言葉、主からの思いを受け取ることが出来ますようにと祈りましょう。主の前でゆっくり静まり、主を待ち望むことを学びましょう。私たちは待つことが苦手です。しかし、主を待ち望むものは恥を見ません。【詩篇25:3】また、新しい力を得ます。【イザヤ40:31】私たちの人生、家庭、職場に嵐が襲ってきたときこそ、静まって、主を待ち望み、神の平安を失わないようにしましょう。これが健全なクリスチャンの生活です。私たちはどんなときにも主の前に静まって、主に聞くことにおいてもっと成長していきましょう。

 2003年8月12日更新

 

先頭へ

戻る