トップページへ神の家族キリスト教会

 

「幸いなことよ」

- 2003年9月21日 -

水野 明廣 師

詩篇41:1〜3
「幸いなことよ。弱っている者に心を配る人は。主はわざわいの日にその人を助け出される。」

  私たちが幸せになるために行い得ることのうちで、一番大切なことは、「弱っている者に心を配る」ということです。病んでいる人、貧しい人、自立できない人(乳飲み子やみなしご、老人)に心を配り、手を差し伸べるなら、どんなわざわいの中でも主が守り支えてくださり、わざわいを乗り越えさせて下さると約束されているのです。それだけではありません。弱い人に仕える人は、神様の祝福を得ることができます。それは、「みなしごや、やもめが困っているときに世話をし、世の汚れに染まらないように自分を守ること、これこそ父である神の御前に清く汚れのない信心」(ヤコブ1:27,新共同訳)だからです。
  このことを神様は、ことのほか喜ばれます。心配りは、約束の伴った大切な生き方なのです。箴言には、その約束がいくつも記されています。

●「おおらかな人は肥え、人を潤す者は自分も潤される。」(11:25)
●「善意の人は祝福を受ける。自分のパンを寄るベのない者に与えるから。」(22:9)

  心配る歩みは、主への正しい信仰の現れです「寄るべのない者をしいたげる者は自分の造り主をそしり、貧しい者をあわれむ者は造り主を敬う。」(19:27)そして「寄るベのない者に施しをするのは、主に貸すこと」なので「主がその善行に報いてくださる」のです(19:17)。さらに幸いなことには、私たちが御国を受け継ぐ確信を与えられます。「さあ、わたしの父に祝福された人たち。世の初めから、あなたがたのために備えられた御国を継ぎなさい。」(マタイ25:40)この祝福を頂けるのは、「これらのわたしの兄弟たち、しかも最も小さい者たちのひとりにした」人です(マタイ25:34)。

  聖霊様に助けられて、神様の御言葉に従って示される心配りは、ことのほか大切な務めです。金品を差し上げることだけでなく、お見舞い、訪問、仕事や家事の手伝いなども確かな心配りです。ここで、物や時間、労力を捧げるときに、未練がましく、惜しみながら、いやいや、という行為を主は喜ばれません。「進んであなたの手を彼に開き、その必要としているものを十分に貸し与えなければならない・・・また与えるとき、心に未練を持ってはならない。このことのために、あなたの神、主は、あなたのすべての働きと手のわざを祝福してくださる。」(申命記15:8〜10)心から進んで、物惜しみなく捧げ、与えましょう。自分には難しいと思える時には、聖霊様の助けを求めましょう。「神は、あなたがたを、常にすべてのことに満ちたりて、すべての良いわざにあふれる者とするために、あらゆる恵みをあふれるばかり与えることのできる方です。」(2コリント9:8)
  いかにも人に見せるための行為は、本当の心配りではありません。「あなたは、施しをするとき、右の手のしていることを左の手に知られないようにしなさい。あなたの施しが隠れているためです。そうすれば、隠れた所で見ておられるあなたの父が、あなたに報いてくださいます。」(マタイ6:3〜4)その行為には愛が伴っていなければ何にもなりません。パウロは「また、たとい私が持っている物の全部を貧しい人たちに分け与え、また私のからだを焼かれるために渡しても、愛がなければ、何の役にも立ちません。」(1コリント13:3)またヨハネも「子どもたちよ。私たちは、ことばや口先だけで愛することをせず、行ないと真実をもって愛そうではありませんか。」と記しています(1ヨハネ3:18)。

  そして、捧げる時には必ず犠牲が伴います。「人の子が来たのが、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためであるのと同じです。」(マタイ20:28)イエス様が地上に来られたことほど大きな犠牲はありません。時には大きな犠牲を払うことになることもあるでしょう。「また、ある貧しいやもめが、そこにレプタ銅貨二つを投げ入れているのをご覧になった。それでイエスは言われた。「わたしは真実をあなたがたに告げます。この貧しいやもめは、どの人よりもたくさん投げ入れました。みなは、あり余る中から献金を投げ入れたのに、この女は、乏しい中から、持っていた生活費の全部を投げ入れたからです。」」(ルカ21:2〜4)しかし主はそれをご覧になって必ず私たちを支えて下さいます。身近なところから始めて忠実に継続しましょう。「持ち物を売って、施しをしなさい。自分のために、古くならない財布を作り、朽ちることのない宝を天に積み上げなさい。そこには、盗人も近寄らず、しみもいためることがありません。」(ルカ12:33)捧げ、与える私たちには天の御国の素晴らしい栄誉が約束されているのです。

  愛して下さる主よ、わたしも、喜んで、進んで、愛をもって助け支えるほうを選び取る心を下さい。またその務めを果たせるように、聖霊様助けて下さい。イエス様の御名によってお願いします。アーメン。


 2003年9月27日更新

 

先頭へ

戻る