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「主が用いられる人」W

- 2003年10月26日 -

 水野 明廣 師

詩篇42:1〜5

今日は信仰の戦いの現実についてのメッセージです。

●詩篇42:5 「わがたましいよ。なぜ、おまえは絶望しているのか。御前で思い乱れているのか。神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。御顔の救いを。」

  実はクリスチャン生活の中で絶対に避けられない、だから覚えておかなければいけない事は信仰の戦いがあるという事です。テモテは「信仰の戦いを立派に戦い抜きなさい。」と言っています。つまり、クリスチャン生活の中には支えて下さる、支援して下さる神様だけではなく、イエス様もはっきりとヨハネ10:10 「盗人が来るのは、ただ盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするだけのためです。」盗んだり、破壊するものがいると言っておられます。この戦いの現実がある事を覚えていただきたいです。
クリスチャンとして成長していく過程の中で「どうして、なぜ」って言うことを通らない人はありえません。「どうして、なぜ」という言葉で私たちは成長していくのです。信仰の戦いにおいて通らされるところは、

まず、第一「あざけり、そしりの問題」ネヘミヤ2:19、

第二「すぐれた人の協力がない」ネヘミヤ3:5、

第三「内側に混乱をおこす」ネヘミヤ4:8、

第四「赦し合いの必要」ネヘミヤ5、赦しを与える、受けることは成長に必要なのです。

第五「間違った妥協とおどし」自分勝手にやろうとすることが問題です。

  神様の御言葉に従って、神様の方法で行うことです。私たちはややもすると、自分の思いにだけ、人々の声にだけ、また、阻止をする内側の声だけを聞き、否定的、消極的、破壊的な言葉や態度を取るということが問題になってきます。これが一番恐ろしいことだと思います。なにがあっても主があなたを整えて下さっているのです。ダビデは詩篇42:5で 「わがたましいよ。なぜ、おまえは絶望しているのか。神を待ち望め、我が魂よ」と告白しました。
そして、「私は尚も、神様を褒め称える」と告白を続けたように、どんなことがあっても、私たちは尚も、神様を褒め称えましょう。神様を褒め称え続けるところに主は立ち上がってくださるのです。

●Tヨハネ5:4 「なぜなら、神によって生まれた者はみな、世に勝つからです。私たちの信仰、これこそ、世に打ち勝った勝利です。」
●Tヨハネ5:5 「世に勝つ者とはだれでしょう。イエスを神の御子と信じる者ではありませんか。」
私達はもう、すでに勝利しているのです。

●ローマ8:35 「私たちをキリストの愛から引き離すのはだれですか。患難ですか、苦しみですか、迫害ですか、飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。」

確かに色々なところを通らされるのです。しかし全て成長のためです。

●ローマ8:37 「しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。」

イエス様によって圧倒的な勝利者なのです。

●Uコリント2:14 「しかし、神に感謝します。神はいつでも、私たちを導いてキリストによる勝利の行列に加え、至る所で私たちを通して、キリストを知る知識のかおりを放ってくださいます。」

ハレルヤ。私たちは大いに賛美します。 

  愛して下さるイエス様、どうしてあなたも十字架に叫ばれました。私たちのうめきをご存知です。イエス様に託して私はそれでも尚、あなたを褒め称えます。いつも褒め続けます。私の人生が生きている限り、主を褒め称える生涯でありますように、イエス様の御名によってお祈りします。アーメン 

 2003年11月4日更新

 

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