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健全なクリスチャン生活のために(V)

あらゆる出来事の中に、更に神に深く拠り頼む恵みを知る

- 2003年12月28日 -

 水野 明廣 師

詩篇62:5-8

  犬はペットとして、とても可愛いものです。私たちが愛情を込めて世話するほど、喜んで反応します。特に、飼い主である私たちの帰りをじっと待っていて、顔をのぞき込むと、じっと見つめ返してくれる時のうれしさは何にも代え難いものです。あのマルチン・ルターも犬好きでした。彼はこう書き残しています。「自分はこの犬が飼い主を待つほどまでに主を待ち望んでいるだろうか。もしそうならなんと幸いなことだろうに。」
 「私のたましいは黙って、ただ神を待ち望む。」・・・聖書にはこの事の大切さと、その幸いが何度も繰り返し述べられています。
●「まことに、あなたを待ち望む者はだれも恥を見ません。」(詩篇25:3)
●「悪を行なう者は断ち切られる。しかし主を待ち望む者、彼らは地を受け継ごう。」(詩篇37:9)
●「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。」(イザヤ40:31)
●そして、「主を恐れる者と御恵みを待ち望む者とを主は好まれる。」(詩篇147:11)

 主が私たちを好きだと言ってくださる・・・実に何という幸いでしょうか!それだけではありません。

●「それゆえ、主はあなたがたに恵もうと待っておられ、あなたがたをあわれもうと立ち上がられる。主は正義の神であるからだ。幸いなことよ。主を待ち望むすべての者は。」(イザヤ30:18)

 なんと主をのほうでも私たちを待っていて下さるのです!!

●「人は心に自分の道を思い巡らす。しかし、その人の歩みを確かなものにするのは主である。」(箴言16:9)

 私たちは自分の事をあれこれと思い巡らします。「自分には、才能も能力もない。物質的にも恵まれていない。誰かから愛してほしい。自分のことを理解して欲しい・・・」これらの物事は、全て神様からくるものです。しかし与えられるのは一時的なことです。むしろ、「自分はこれまでにこのように歩んできたが、これで良かったのだろうか・・・」というように、神様が私たちをどう思っていらっしゃるかに、いつも心を向けることのほうが遙かに大切です。

●「わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないからです」(ヨハネ15:5)

 私たちは枝ですから、いつも幹である主と心が結ばれていなければなりません。あなたの思いや行動が神様の御旨にかない、神様が定めた時がくれば、それは必ず完全なタイミングで成就します

●「人の心には多くの計画がある。しかし主のはかりごとだけが成る。」(箴言19:21)
●「天の下では、何事にも定まった時期があり、すべての営みには時がある。」(伝道者の書3:1)

 「私のたましいは黙って、ただ神を待ち望む。私の望みは神から来るからだ・・・私の力の岩と避け所は、神のうちにある。」何事を行う時でも、まず主にうかがうこと、そして主と二人きりの時間を毎日持つこと(デボーション)は信仰生活の基本です。そして「どんなときにも、神に信頼せよ。」自分の置かれた環境がどうであれ、また、人間の目には絶望的に思える時にも、ひたすら主なる神様に信頼することです。待ち望むには信頼がなければなりません。そして信じているからこそ待つことができるのです。

●「恐れのある日に、私は、あなたに信頼します。」(詩篇56:3)
●「万軍の主よ。なんと幸いなことでしょう。あなたに信頼するその人は」(詩篇84:12)
●「「私は大いに悩んだ。」と言ったときも、私は信じた。」(詩篇116:10)

 願い求めていることをもう一度吟味したら、ひたすら神様を信頼し、神様を呼び求めましょう。

●「主は、私に耳を傾けられるので、私は生きるかぎり主を呼び求めよう。」(詩篇116:12)

 時には、意識して、敢然とその姿勢を貫き通す必要がある時もあるでしょう。あのシャデラク、メシャク、アベデ・ネゴは言いました。「もし、そうなれば、私たちの仕える神は、火の燃える炉から私たちを救い出すことができます。王よ。神は私たちをあなたの手から救い出します。しかし、もしそうでなくても、王よ、ご承知ください。私たちはあなたの神々に仕えず、あなたが立てた金の像を拝むこともしません。」(ダニエル3:17〜18)そして、その毎日の営みの中で、より一層神様への信頼を深めていくのが健全なクリスチャン生活です。
 「神こそ、わが岩。わが救い。わがやぐら。私はゆるがされることはない。私の救いと、私の栄光は、神にかかっている。私の力の岩と避け所は、神のうちにある。」・・・普段の生活の中でもいつも、主を待ち望み、主に心を向け、主にすがる。そして私たちの思いが、主の思いと等しくなった時、神様は、私たちの常識を越えた恵み、奇蹟、勝利を与えて下さいます。「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。」(ローマ8:28)主に信頼し、主を待ち望んで勝利の信仰生活を送りましょう。


全ての源である神様、嵐の中でもあなたを信頼し、あなたを待ち望むことができるように、私の信仰をもっと成長させて下さい。そのために聖霊様が格別に助けて下さいますように。イエス様の御名によって祈り願います。アーメン。

 2003年12月30日更新

 

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