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「主によって生きる、主と共に生きる」

- 2004年2月15日 -

水野明廣師
 


詩篇71:4〜14

 今日はダビデの詩篇から、主と共に歩み、主に守られ、祝福されるクリスチャン生活の3つのポイントを見ていきましょう。

●詩篇71:4 「わが神よ。私を悪者の手から助け出してください。」

 ダビデは常に祈りを欠かしませんでした。サタンはいつも私たちの隙をうかがっています。祈りによって、いつも私たちは主なる神様と強い絆でつながっていなければなりません。祈りは私たちクリスチャンにとっては呼吸にも等しいと言って過言ではありません。いつもいつでも祈る習慣を身につけましょう。

●詩篇71:5 「神なる主よ。あなたは、私の若いころからの私の望み、私の信頼の的です。」

 ダビデは信仰の告白を堅く守っていました。「私は生まれたときから、あなたにいだかれています。あなたは私を母の胎から取り上げた方。」預言者サムエルがエッサイのところへ油注がれる若者を捜しに行った時、ダビデは独り羊の番をさせられていました(サムエル記1、16:11)聖書には書かれていませんが、一番可愛がってもらえるはずの末っ子が邪険にされているとは、何か事情があって疎まれていたのかも知れません。あるいは健全な親子関係ではなかったかもしれません。ダビデは、その生い立ちではなく、天に目を向けました。自分の真の親は神様である、と詩篇で宣言しているのです。

●詩篇2:7 「あなたは、わたしの子。きょう、わたしがあなたを生んだ。」

 私たちは何の目的も理由もなく、偶然に生まれたのではありません。私たちひとりひとりが、聖徒(エペソ2:19)であり、光の子(エペソ5:8)であり、王なる祭司(1ペテロ2:9)、御国
を相続する者(ヤコブ2:5)なのです。大胆に信仰の告白を保ちましょう。

●詩篇71:7 「私は多くの人にとっては奇蹟と思われました。あなたが、私の力強い避け所だからです。」

 新共同訳では「多くの人はわたしに驚きます。あなたはわたしの避けどころ、わたしの砦。」となっています。敵に命を狙われている中で生きていられる奇蹟と驚き。ダビデの口には自然と讃美が湧いていました。

●詩篇71:8 「私の口には一日中、あなたの賛美と、あなたの光栄が満ちています。」(

 今日の私たちに置き換えてみると、神の子とされ、義と認められることこそ奇蹟です。そして、主は今もまた私たちの避け所です。悩み、苦しみ、試練が大きいほど、讃美を絶やさないようにできる人こそが、主に用いられるのです。目を上げましょう。主のうるわしさ、偉大さに思いをはせて、今日も祈り、信仰の告白を保ち、讃美を捧げて歩みましょう。

 天のお父様、私の主。私を産んで下さり、導いて下さることをありがとうございます。聖霊様、いつもたゆまず祈り、信仰の告白を続け、心からの讃美を捧げられるように助けて下さい。イエス様の御名によって祈り願います。アーメン。
 

 

 2004年2月19日更新

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