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「賛美の力を知っている」

- 2004年3月14日 -

水野 明廣 師

詩篇 81:1−5

 今朝は、主を賛美することが私たちにとってどれほど大切で、大きな意味を持っているのかを分かち合いたいと思います。

●『この後、わたしは帰って来て、倒れたダビデの幕屋を建て直す。すなわち、廃墟と化した幕屋を建て直し、それを元どおりにする。それは、残った人々、すなわち、わたしの名で呼ばれる異邦人がみな、主を求めるようになるためである。(使徒15:16−17)

 神様は旧約時代、神が人ともにおられるために幕屋を造らせました。モーセが主が言われた通りに幕屋を造った時、またソロモンが神殿を献堂した時、驚くべき主の栄光がそこに満ちました。この二つの荘厳な幕屋に比べて、ダビデの幕屋は実に素朴で、へだての壁がなく天幕に契約の箱だけが置かれていました。ダビデはこの幕屋の周りで毎日、24時間、365日、いつも神をほめたたえさせたのです。そこにシャカイナ・グローリ(神の栄光)が満ち溢れました。終わりの時代、福音が全ての異邦人に届けられているこの時代に、賛美につつまれているダビデの幕屋が建て直されるのです。

 イギリスのある小さな村の村人たちが、この御言葉を実行して宗教的儀式を止めて、24時間主を賛美し続けた時、そこにすばらしい主の栄光が現われました。これが人類史上最も長く続いたと言われるケルトのリバイバルです。

●「われらの力であられる神に喜び歌え。ヤコブの神に喜び叫べ。」(詩篇81:1)

 私達が賛美する時、大切なことは、誰に向かって歌うのかと言うことです。大切なのは歌う対象です。私たちは私たちの力であられる神に歌うのです。ダビデは“主こそ我が力”と自分の経験から言っています。彼は自分の力ではなく、神の力によって、羊を獣から守り、イスラエルのためにゴリヤテと戦いました。しかし、多くのクリスチャンは、本当に“主こそ私の力です。”という経験が乏しいのです。私たちの力であられる神に向かって歌うことと同時に、心から喜んで歌うことも大切です。パウロは何度も“喜びなさい。”と言っています。クリスチャンの特徴はどんな状況にあっても心の中に喜びがあると言うことです。喜びの歌を時には叫んで歌う時、どんな苦しみも勝利に変わります。ヨシャパテが敵に取り囲まれた危機の時、全ての民を集めて喜びの賛美の声を上げた時、主が立ち上がって下さいました。(参考 U歴代21:21−22)

 私達が賛美する大きな二つの目的があります。
@ 私たちが賛美するところに主の臨在があるからです。(参考 詩篇22:3)
A 賛美が充実すると聖霊が泉のように沸き上がって、聖霊が自由に流れて行きます。癒しが、解放が私たちの内から流れ周りの人々にまで流れて行きます。(参考 民数20:16−17)

 私たちが「神は私の力です。」と、まだまだ現実の体験として言えない一つの理由は、賛美の力を本当には体験していないからです。キリストの現実が皆さんにとって、本ものになることを祈ります。神は決してえこひいきされる方ではありません。皆さんがますます賛美の生活を実行していかれますように。
 

 2004年3月16日更新

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