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「三つの悟り」 

- 2004年4月18日 -

水野明廣牧師

I詩篇84:1〜7

「コラの子たちの賛歌」とありますが、彼らの祖先であるコラは、モーセと主なる神様に反逆し、その結果、生きたまま地に飲み込まれるという悲劇にあいました(民数記16章)。しかし、その子孫は忠実に神に仕え、多くの詩篇(42,44〜49、84、85,87,88)に賛歌やマスキールを残しています。今日はその中から84篇から三つの悟りを学びましょう。

● 「なんと幸いなことでしょう。あなたの家に住む人たちは。」(4節)

 ダビデもまた「私は一つのことを主に願った。私はそれを求めている。私のいのちの日の限り、主の家に住むことを。」(詩篇27:4)と歌っています。 幕屋、神殿、そして現在の教会は、神を信じる人々が集まるところです。ひとりひとりが感謝と讃美をもって集うとき、そこは「主の大庭」となり、私たちは「キリストのからだ」となります(エペソ1:23)。
 初代教会の歩みをみましょう。信徒が集まったとき、ペンテコステの聖霊降臨がありました(使徒2章)。リーダーのペテロとヨハネが捕らえられた時、教会は「心を一つにして、神に向かい、声を上げて言った」ために、「その集まっていた場所が震い動き、一同は聖霊に満たされ、神のことばを大胆に語りだした」のです(使徒4章)。皆が断食をして礼拝していると、神の御声があり、パウロとバルナバは世界宣教に送り出されました(使徒13章)。このように、初代教会の聖徒たちは、ことのほか、「主の家」に集まることを大切にしていましたが、現代に生きる私たちも、教会と、そこでの集い、心一つにした祈りを愛して重んじるのが健全なクリスチャン生活のかなめです。

●「なんと幸いなことでしょう。その力が、あなたにあり、その心の中にシオンへの大路のある人は。」(5節)

 私たちの力は、文字通り、主にあります。「シオン」とは「生ける神の都」という意味です。私たちクリスチャンは、いつも神の都を仰いでいる時、天から力が下されるのです。「あなたがたは、地上のものを思わず、天にあるものを思いなさい。」(コロサイ3:2)

●「彼らは涙の谷を過ぎるときも、そこを泉のわく所とします。」(6節)

 ここでの「涙の谷」はヘブル語で「バカ」といい、「苦しみ、悲しみ、嘆き」を意味します。不毛の土地をいつまでもいつまでも歩いていく、そんな経験は誰にでもあります。しかし、主に心を向けていく時、その労苦は無駄にならず、ただでは終わりません。痛ましい苦悩の日々も、一番良い時に、一番良い方法で、神様が助け出して下さいます。私たちの、頑なで、苦々しく、強情ですさんだ心は、主から与えられる試練によって、砕かれ、練られて、清められていきます。そしてそこには、恵み、慈しみが湧き出でます。私たちは人の苦しみがわかるようになり、励ましや祝福を流し出す器へと変えられていくのです。

 主よ、あなたの家をもっと大切にしていきます。さまざまな出来事も、あなたから頂く力で乗り越えさせて下さい。聖霊様に拠り頼みます。ますます主を待ち望み、主を慕う日々の歩みでありますように。イエス様の御名によってお祈りします。アーメン。
 

 2004年4月21日更新

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