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神の教会の意味を知る

- 2004年5月16日 -

水野明廣 牧師

詩篇87:1−7

今日は、この詩篇の箇所から、神が教会について語っておられる事を学んでいきましょう。

●詩篇87:1「主は聖なる山に基を置かれる」

 旧約聖書には教会という言葉は出てきません。神の家、シオン、主の都、エルサレムと呼ばれたりしていますが、マタイ16:18「あなたはペテロです。わたしはこの岩の上に教会を建てます。」とイエス・キリストは教会を証されています。又、エペソ5:25「キリストが教会を愛し、教会のためにご自身をささげられたように」とイエス様が教会のために命をささげられた、教会はキリストの身体、だと言っています。
このことから、三つの神のへりくだり(謙遜)をみることができます。

1.神でありながら人の形をとって、しもべの形をとって、この世に来られた。
2.神の御子として柔和で神に従って十字架に架かられた。
3.全能の神、愛の神が、教会に全てを委ねられた。

神はこのように教会を建て、教会に全てを委ねられていることを、忘れてはなりません。

●詩篇87:2「主は、ヤコブのすべての住まいにまさってシオンのもろもろの門を愛される」

 ここでヤコブを自分に置き換えてみると(イザヤ43)全てのクリスチャンに語られていることがわかります。イザヤ60:18、詩篇96:6から、門は、1.賛美、2.権威と力、3.働きを現し、神はどんな人でも神を賛美する人、教会の奉仕、まとめて(全てを)愛して下さいます。

●詩篇87:3「神の都よ。あなたについては、すばらしいことが語られている」

 教会の欠点、問題を見つけることは簡単ですが、イエス様は花嫁なる教会を愛しておられ、私たちが互いに愛し合い教会を建て上げることを望まれて、とりなしていて下さいます。

●詩篇87:4−7「わたしはラハブとバビロンを、わたしを知っている者の数にいれよう・・・」

 ラハブやバビロン等はイスラエルから忌み嫌われている異邦の民でした。神様は私たちの理解を超えて人を集められます(ヨハネ6:44)今、教会の恵みを語って行動する時、聖なる山に基を置く教会を通して、空中の権威者に対して、主の示して下さることを語り告げ、建て上げるために祈りと、とりなしが必要です。


祈り
 主よ、教会を、神様が見られているように理解できますように、イエス様の見る見方で皆を見ることが出来ますように、聖霊様が助けてくださらなければ、私たちには出来ません。愛して下さるイエス様、花嫁として整えられ聖まられますよう、御旨がなりますようにイエス様の御名によってお祈りします。アーメン。
 

 2004年5月21日更新

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