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クリスチャン生活を忠実に続けることの意味

- 2004年6月20日 -

水野明廣 牧師

詩篇92:13-15

 今日は、父の日です。お父さんの役割と影響力の大きさは、子供たちや家族には何物にも代えられないものがあります。もし、お父さんがいつも家にいないとすると、子供たちは神様を信じても「自分を省みてくれない神様」というイメージを持ちがちになります。また、いつも厳しいお父さんですと、「怖い神様」というイメージを持たせる結果をもたらしてしまいます。 

 お父さん方一人一人が、どんなにお父さんの存在が大切なのかを自覚していただきたいと思います。

 さて、信仰生活を続けるために“主の家に植えられる”ことの重要性を語りたいと思います。

 実は、昨日、お二人の方と交わりを持ちましたが、そのお二人は「自分が植えられた教会がない」と話されておりました。私たちが理想の教会をえがくのは自由ですが、理想の通りの教会を捜すのはかなり難しいことです。

●詩篇  92

13 彼らは、主の家に植えられ、私たちの神の大庭で栄えます。

14 彼らは年老いてもなお、実を実らせ、みずみずしく、おい茂っていましょう。

15 こうして彼らは、主の正しいことを告げましょう。主は、わが岩。主には不正がありません。

 年老いてもなお実を実らせたい方は、主の家にしっかりと植えられてください。信仰は、昔、熱心だったとか、だんだん先細りになる・・・・というものではありません。ある人は同志社大学の神学部を出ていながら、また、牧師になろうと思っていたにもかかわらず、今は信仰を捨ててしまった、という人もいます。

 主の家は一時的に滞在するところではありません。しっかり植えられることが大切なのです。信仰は「イエス様が私の主、救い主」であることを知っているだけでなく、そこに生きることなのです。

 たとえ、聖霊のすばらしい感動で色々なことを体験することがあっても、私たちの信仰の中心はイエス・キリストが主であり、しっかり主の家に植えられることです。

●詩篇9212

正しい者は、なつめやしの木のように栄え、レバノンの杉のように育ちます。

 正しい人とは、主の家に植えられた人のことです。

●箴言1810 「主の名は堅固なやぐら。正しい者はその中に走って行って安全である。」

●コロサイ317 「あなたがたのすることは、ことばによると行ないによるとを問わず、すべて主イエスの名によってなし、主によって父なる神に感謝しなさい。」

主の家にしっかり植えられている人は

@天を目指している人

A神の子として生きている人

B主の目に正しい人

C主に頼っている人

詩篇512 「主よ。まことに、あなたは正しい者を祝福し、大盾で囲むように愛で彼を囲まれます。」

 聖書の中には主の家に植えられた人への沢山の約束があります。神の祝福が主の家から流れてくるのですから、人生の大きな決断をするときには、主の家で決断しましょう。

 2004年6月20日更新

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