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「望みの神にあって喜ぼう」

- 2004年7月18日 -

村仲 俊朗 牧師

ローマ 15:13
 

「どうか、望みの神が、あなたがたを信仰によるすべての喜びと平和をもって満たし、聖霊の力によって望みにあふれさせてくださいますように」

 クリスチャンの特徴は、望みに溢れてそれが自然に溢れ流れ出してゆくことです。創造主なる神が望んでおられる事は、「人々が救われる事、平和である事、愛がある事、健康である事、信仰、希望を持ち、幸せ、恵まれる、感謝する、喜びに溢れる、真理を知り、福音を伝え、絶えず祈り礼拝し豊かになる事」です。そして私達がこれらの事を願うなら、全能の神はそれをかなえてくださる方です。望みの神は、望みの源泉が神ご自身であられますから、人間のどのような失敗に対しても忍耐を持って励ましてくださり、希望を与えてくださいます。

1、神に望みを!
 
●詩篇62:5 「私のたましいは黙って、ただ神を待ち望む。私の望みは神から来るからだ」

 詩篇の作者が黙って主を待ち望んだように、自分の思い通りにならない時があっても、後になるとそれは感謝な事である事がわかります。後で感謝するなら先取りの感謝をする方が良いのです。
 イエス様が十字架にかかって下さり、私達の罪を贖ってくださいました。ただそれだけの為なら、イエス様が赤ちゃんの時に身代わりになっても良かったでしょう。しかし33年間の生涯を人間の為に人間が経験するあらゆる苦難、問題、病、痛み、悩み、悲しみを経験され、それを十字架で打ち破られ勝利されました。それ故、この十字架のイエス様に信頼してすべての望みをおくことが出来るのです。

2、神に信頼を!

●エレミヤ17:7〜8  「主に信頼し、主を頼みとする者に祝福があるように。その人は、水のほとりに植わった木のように、流れのほとりに根を伸ばし、暑さがきても暑さを知らず、葉は茂って、日照りの年にも心配なく、いつまでも実をみのらせる」

 ここの水とはイエス様の事です。イエス様こそ信頼に足る方です。神の支配の中にいる時はどのような危険なところにいても、一番安全な道に導いてくださいます。

 アメリカのボブ・ウィランド氏は、小さい時からスポーツが得意で大好きでした。その中でも特に野球が大好きで、プロ野球選手になりたいと言う夢がありました。その夢がかなう事になり、メジャーリーグと契約を結ぶ寸前にベトナム戦争に徴兵され、そこで地雷を踏み両足が無くなったのです。その時、クリスチャンであるこのボブ青年が思った事は「神は私の為に何か特別な事を用意しておられるのだ。だからこの事を許されたのだ」と言う事でした。アメリカに帰国し、迎えに来た両親はその姿を見てショックを受けました。その時、ボブ青年は両親に明るく言いました。「僕は大丈夫!ただ足が無くなっただけです。何でも出来る一人の人間だから、お父さんお母さん何も心配しないですべてOKだから!」
 その後、体育教師の資格を取り、手を鍛え、「神に祝福された証を」と4500kmのアメリカ大陸横断を3年かかってなしとげ、チャリティ募金をして集まった35万ドルを貧しい弱い人々、又、施設等に献金しました。沿道に応援に集まった人々の中から350人もの人が救われたそうです。失った足に目を向けるのではなく、豊かに与えてくださっている主に信頼し、主の祝福を喜び伝道しながら完歩した事を主は喜ばれたのではないでしょうか。
 ボブ氏が来日して、タートルマラソンに出場した際に、「心拍数が高くなると休憩を取り、そしてこう祈っていたそうです。『主よ、今、忍耐です、忍耐の時です、私は今、祈りによってあなたから力を受ける事が出来ます。あなたへの祈りこそ力です、自分には出来ません、けれど神様あなたには不可能な事はないのです、あなたにはできるのです。』と。この祈りを聞いていた人が『こんな素晴らしい歩みはない』と言って救われました」(クリスチャン新聞)。自分にではなく、神にすべての信頼をおいたのです。

3、希望と命の源
●詩篇1:3  「その人は、水路のそばに植わった木のようだ。時が来ると実がなり、その葉は枯れない。その人は、何をしても栄える。」

 水はイエスキリストです。植わったと言う意味はもともとは移し変えて植えると言う意味です。また、連なる、とどまると言う意味もあります。イエス様は「私にとどまりなさい。私にとどまり、私に求めるなら、それがかなえられ多くの実を結ぶ」(ヨハネ15:1〜8)と言われました。
 ヨハネ5:1〜7でイエス様は、38年間病気にかかっている人に「良くなりたいか」と望みを持っているかどうかを聞かれました。私達も願っても長い事かなえられなかった問題があるのではないでしょうか。イエス様は私達に問われます。「良くなりたいか。真剣に私を信頼するか」と。主は思いを超えたはるかに良いものを与えてくださいます。この世の事に望みをおくならその願いはかなえられません。しかし主に希望をおくなら主はもっとも良いものを下さるのです。望みの主こそが源です。はばかることなく御座に近づいて行きましょう。

 2004年7月22日更新

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