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「主の役割を果たす人とは・・・その生活は」

- 2004年7月25日 -

水野 明廣 牧師

詩篇103:1-5
 

 詩篇103:1 「わがたましいよ。主をほめたたえよ。私のうちにあるすべてのものよ。聖なる御名をほめたたえよ。わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。主は、あなたのすべての咎を赦し、あなたのすべての病をいやし、あなたのいのちを穴から贖い、あなたに、恵みとあわれみとの冠をかぶらせ、あなたの一生を良いもので満たされる。あなたの若さは、わしのように、新しくなる。」

「あなたの一生を良いもので満たされる。」・・・・これはすばらしい約束です。それには2つのカギを持つ事です。

 1つ目は「わがたましいよ。主をほめたたえよ。」という事です。

●詩篇42:5 「わがたましいよ。なぜ、おまえは絶望しているのか。御前で思い乱れているのか。神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。御顔の救いを。」

 ダビデは絶望を経験しました。どうして絶望しているのかと自分の霊に言っています。更にダビデは「私に敵対する者どもは、私の骨々が打ち砕かれるほど、私をそしり、一日中、「おまえの神はどこにいるか。」と私に言っています。」(詩篇42:10)と苦悩を告白しています。また、更にダビデは「わがたましいよ。なぜ、おまえは絶望しているのか。なぜ、御前で思い乱れているのか。神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。私の救い、私の神を。」(詩篇42:11)そして、さらにダビデは「わがたましいよ。なぜ、おまえは絶望しているのか。なぜ、御前で思い乱れているのか。神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。私の救い、私の神を。」(詩篇43:5 )と主を賛美しています。
 また、「私のたましいよ。目をさませ。十弦の琴よ。立琴よ、目をさませ。私は暁を呼びさましたい。」(詩篇57:8)・・・と、まったく賛美できない状況や、たましいがうなだれる様な試練を通っています。それなのに、ダビデは自分自身を奮い立たせています。

●Vヨハネ1:2 「愛する者よ。あなたが、たましいに幸いを得ているようにすべての点でも幸いを得、また健康であるように祈ります。」

 皆さん、「悩んでいます」と主に告白しつつ、それでもわたしは主を賛美していますと言えるようにしてください。その中で奇跡が起きるのです。


 2つ目は「主が良くして下さったこと」を忘れない事です。人間は良くしてもらった事は忘れ、人に良くしてあげた事は覚えています。これは人間の性質です。神様はどんなお方でしょか!あたりまえのような恵みに感謝する事や恵みを一つ一つ数える事を大切にしましょう。
 「一生良いもので満たされる為」には、人のやった悪い事を覚えている事ではなく、赦すことです。最高の贈り物は赦しです。赦してもらう事は一番嬉しい事です。
 ダビデは全ての罪が赦されることを知っています。だから、主の前に立つことが出来るのです。主の良くして下さったことを忘れない人生を送りましょう。


 イエス様、あなたは呪いから祝福の人生に移し変えて下さいます。いまやもう私たちはあなたの恵みの民として、あなたを褒め称えます。信仰の戦いという、激しさ、苦しみの中にあっても、今日このメッセージを通して、また、あなたの言葉を通して、私はそれでも主を称えますという決心を、あなたの前に守る事が出来ますように、聖霊様助けて下さい。そして私は主に良くして下さってることをしっかり思い出して、主が良い方であると思い出していくことが出来ますようにお願いします。
 愛して下さるイエス様、あなたご自身が私に良くして下さいます。その事が見えない場合が多いのです。あなたの配慮やあなたの愛の御業が見えない場合が多いのです。お赦し下さい。私は今日、改めて「我がたましいよ。主よ褒め称えよ」と決心いたします。聖霊様、助けて下さい。主が良くして下さったことを覚えれるように、それよりか思い出せるように私のたましいに言い聞かせますから聖霊様、助けて下さい。お約束の通り主の良いものが私の一生を満たしますようにイエス様の御名によってお願いします。アーメン

 2004年7月29日更新

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