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「主と交わることの大切さ」

- 2004年8月15日 -

メアリ・レイクロフト師

出エジプト記33:7-10

 今日の御言葉に、「モーセは一人用のテントを持っていて、群衆から離れたところにいた。このテントを会見の天幕とよんだ。モーセが天幕に入ると主の臨在があり、主はモーセと語られた。」とあります。皆さん一人一人も神様と会うときを持ってください。主と交わる場所と時を持つことが必要です。神様がこんなにも近くに居て交わって下さるのかという経験を持ちたいものです。皆さんがクリスチャンと言われるなら神との対話の時を持つべきです。

出エジプト記33:12〜16

このところで、モーセが「あなたの道を教えてください」と言った時、主は「私自身が一緒に行って、、、」と言われました。この言葉から、私も主の方法、主の道を歩みたいと思いましたので、今までの自分の歩みを一つ一つ主の方法で歩んできたのか点検しました。
 皆様も主の為に御用をされるなら、主の方法で主のみこころにかなったようにと当然願われるでしょう。

私はどのような方法があるか調べました。けれど少ししか知ることが出来ませんでした。それで自分のグループの人々にも神の道、方法がどれだけあるか調べてもらいましたが結果は同じでした。

 神の喜ばれる道、方法はもっと沢山あるはずだと思い「神様、あなたの喜ばれる道、方法を教えてください!」と切に祈りました。そうしたら「わたしがあなたと共にいるよ」と言われました。しかし私は又「神様、どういう道、どういう方法なのか教えてください」と祈りました。又「わたしがあなたと共にいるよ」といわれました。3ヶ月位この繰り返しをした結果、悟りました。「わたしがあなたと一緒にいるよ。わたしと一緒に歩むならあなたはわたしの心を知る人になり、わたしの川の中をあなたは進んでゆく事が出来、わたしの言葉の中で生き、わたしの栄光の中で生き、わたしの油注ぎを受けて、生きることが出来る。わたしが一緒にいる限り、わたしの道、わたしの心を知る人になるのです」と語られていることを。

 モーセは、主が「わたし自身が一緒に行って、、、」といわれた言葉を聞いて、「主よ、あなたが御一緒であることが私とあなたの民が地上のすべての民(他の宗教の人々)と区別されることではないでしょうか」と語っています。
 実は皆さんの中に神様がおられるという現実だけがクリスチャンと皆さんを区別しているのです。

 キリスト教会はたくさん有ります。伝統的、組織的な大きな教会、また慈善事業をして貧しい人達を援助している教会等、しかしこの世にも沢山の団体、組織があり慈善事業をしているグループがあります。教会とどこが違うのでしょう。
 教会は神がご一緒におられるという現実を表してゆく事が出来ますように、主の御霊が、復活のキリストの生命が皆さんを通してあらわされますように。すべてのクリスチャンは主の御用に召されています。牧師だけではありません。それ故、それぞれが主との会見の時と場所を聖別してください。

 ヘブル4:16 10:19に「大胆に神の御座に近づこうではありませんか」とあります。神の恵み、神の助けを受けに走って行きなさいと。クリスチャンであるのに「あなたは神の前に出る値打ちがない、その資格がない、出来ない」という悪魔の囁きや日常の忙しさにかまけて神との交わりを避けていませんか。神様はありのままのあなたを100%受け入れ「さあ、わたしのところに来なさい」と待っておられます。

 私の証をします。
 ある賛美礼拝セミナの講師として出席した時、賛美の中で主の麗しい臨在の内にいつしか周りから分離されたみたいに一人になり、突然ある立派な石造りの大聖堂の中にいました。真ん中の通路は長くてずっと向こうの正面の御座にまぶしい限りの輝きをした方がおられ、イエス様だとわかりました。その反対の入り口にはドアが二つ開いているのに、人々は覗きこんでいるだけです。そこに小さな人が入ってきて後ろの端に座ったのが見えました。それは私でした。自分で自分を見ていたのです。その私は椅子から立って前の方におどおどしながら進み、だんだん頭と身体を低くしてもうこれ以上低く出来ないまでにして近づいてきました。
 突然、場面が変わり、場所が全く同じなのですが、ドアがぱっと開き、私が入ってきて、真ん中の通路に立ち、まっすぐ勢いよく前に走って御座に近づいたのです。そのような幻を見ました。

 私はその時以来、どのような時であろうと周りの環境に関係なく御座に走ってゆくようになりました。御座に近づく者をとめる者は何もありません。自分自身が止めるのです。イエス様は「いらっしゃい、いらっしゃい、さあ、わたしの右の座に座って!あなたの足の下にわたしが敵を捕らわしめるからです」と主は私を文字通り抱擁してくださるのです。

 皆さんに今、言い残したいのは、皆さんが主との交わりの時をしばしば持って戴きたいのです。皆さんは神の前に大切なお一人お一人です。神様は顔と顔を合わせて心と心をかよわせる、そんな交わりが出来るとおっしゃいました。主の栄光を求めてゆきましょう。

 2004年8月22日更新

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