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「私の主、私の神」

- 2004年10月10日 -

水野 明廣 牧師

詩篇121:1-8

  主は、あなたを、行くにも帰るにも、今よりとこしえまでも守られる。(詩篇121:8)

「寄らば大樹の陰」ということわざがありますが、私たちが生きていくために、守られるということは重要なことです。私達の社会は“守り”、“安全”ということのために、大変な労力、時間、お金を費やしています。そのことを考えると、「主があなたを守られる。」という言葉の重さをひしひしと感じます。イエス様は私たちのよい羊飼いとして、私たちを守ってくださいます。

●「わたしは彼ら永遠のいのちを与えます。彼らは決して滅びることがなく、また、だれもわたしの手から彼らを奪い去るようなことはありません。(ヨハネ10:28)」

主は真実な方、約束を守られる方です。

 ここから、今日は三つの大切なことを分かち合います。

第一に、主が必ず私を守ってくださるという信仰をもつことです。どんなに良い親も、会社も、保険もいかなるものも私たちを完全に守ることはできません。これらも必要ですが、究極的な守りは主にかかっているのです。

第二に、主との交わりを大事にすることです。

●「わたしの羊はわたしの声を聞き分けます。またわたしは彼らを知っています。そして彼らはわたしについて来ます。(ヨハネ10:27)」

主は私たちとの交わりを望んでおられます。私達が神の子であり、天の御国に私たちの名が登録されている。この事実は絶対変わりません。神様との親子関係は壊れることがありません。しかし、交わりが壊れることはあります。私たちの罪が仕切りとなって、主との交わりを妨げるのです。(参考 イザヤ59:1-2)したがって私たちは日々まとわりつく罪を捨てて主に心を向けていかなくてはなりません。(参考 ヘブル12:1-2)私たちを守ってくださる方といつも交わりを絶やしてはなりません。

最後に、主により頼むことです。「主こそ、私達の避け所です。」という告白をし続けることです。(参考 詩篇91)

●「まことに主は、あなたのために、御使いたちに命じて、すべての道で、あなたを守るようにされる。(詩篇91:11)」

この御言葉をサタンは用いてイエス様を試みました。天使は私たちを守っています。(参考 ヘブル1:14)これは、主が守られるからといって、横着をしたり、努力しなくても良いということではありません。大切なのは最終的に私たちを守る方は主だけです、という意識と告白です。私たちの命は主のものです。病の時には医者も薬も助けになりますが、いやすのは神様です。したがって、私達たちはどんなときにもまず主に祈りましょう。私たちがまず頼るべき方は主だけです。主に頼って生きる人生を選びましょう。結果的にはそれが私たちにとって最も幸いな人生です。すばらしい家庭、教会、健康を感謝します。
しかし本当に私を守るのは主です。「そのために、私はこのような苦しみにも会っています。・・・私は、自分の信じて来た方をよく知っており、また、その方は私のお任せしたものを、かの日のために守ってくださることができると確信しているからです。(Uテモテ1:12)」主は、主にゆだねた人生を最後までも守ってくださいます。

2004年10月17日更新

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