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「信仰の家族を祝福するとは」

- 2004年10月17日 -

水野 明廣 牧師

詩篇122:6-7

  私達クリスチャンの大きな目的は神様の祝福を受けて祝福を流すことです。イエス様が「あなたがたは地の塩、世の光」といわれました。神様が選び出されたアブラハムに、主なる神は「私はあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福しあなたの名を大いなるものとしよう」(創12:2)といわれ、その約束の通り「アブラハムは年を重ねて老人になっていて、主はあらゆる面でアブラハムを祝福しておられ・・・」(創24:1)とあります。同じように私達クリスチャンも神の祝福を受け、健康、繁栄、勝利、名誉などを得るでしょう。しかし、この中で一番大切なのは平和です。例え多くのよいものを受けても不安であるなら幸せではないでしょう。
 イスラエル人の挨拶は「シャローム」(平安あれ)です。イエス様は「どんな家に入っても、まず『この家に平安があるように』と言いなさい。もしそこに平安の子がいたら、あなたがたの祈った平安はその人の上にとどまります。だが、もしいないならその平安はあなたがたに帰ってきます。」(ルカ10:5―6)と言われました。だからいつも「シャローム!平安がありますように」と言って下さい。

 イエス様ご自身はいつも平安でした。この「シャローム」には三つの意味があります。
 @神との平和がその人にありますように。 私達は神に敵対していた者だったにもかかわらず、一人子イエスキリストを与えて下さった。それゆえキリストを受け入れるなら神との関係が平和になる。
 A神の平和があなたにあるように。 この平和はイエス様の平安そのものです。嵐の船の中で眠っておられたような平安が私達家族にありますように。
 B平和をつくる人は幸いです。 私達クリスチャンは和解の勤めをもらっています。

詩篇122:6〜7 エルサレムの平和のために祈れ
 神様は私達クリスチャンに祝福の基いとなる二つの勤めを与えておられます
 @貧しい人たちのために与えたり奉仕をしたりすること「人の益を計り、良い行いに富み、惜しまずに施し、喜んで分け与えるように」テモテ6:18
   レビ記25.35  申命記15:10−11  イザヤ58:10―11

 Aエルサレムの平和のために祈れ 詩篇122:6−7
  私達の信仰のルーツであり、源となったエルサレムを忘れてはいけない。私達が今頂いている恵みを遡って行くならエルサレムにたどり着く。彼らが故に私達が福音を受け、救いを受けた事を思うなら当然エルサレムに祝福ありますようにと祈る必要を私(水野師)は感じます。

 この教会では本当に、皆さんが貧しい人々のためによく捧げておられます。また、ハイナイトを通して、イスラエルの為だけの祈り会をしておられる人々もいます。私(水野師)も多くのとりなしの手によって支えられています。どうぞ、皆様も愛する家族のため、友人知人のためにとりなしをして下さい。エルサレムの様に常に紛争の耐えない地が他にあるでしょうかこのエルサレムの為に涙を流されたイエス様は、今も生きて人々のためにとりなしをしておられます(ヘブル7:25)。本物の神の繁栄を求められるなら是非この祈りをあなたの祈りに加えてください。

2004年10月23日更新

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