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「健康な生活の土台」

- 2004年12月5日 -

水野 明廣 牧師

詩篇 134:1-3

 クリスチャンの生活はイエス・キリストを通して豊かな人生を送るために召されています。

●ヨハネ10:10「わたしが来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです。」

 そして、主の栄光を表わすために召されています。主を賛美する時、主はその栄光を表してくださいます。なぜなら、御言葉を通してわかります。

●詩篇22:3「あなたは聖であられ、イスラエルの賛美を住まいとしておられます。」
●ローマ8:30「神はあらかじめ定めた人々をさらに召し、召した人々をさらに義と認め、義と認めた人々にはさらに栄光をお与えになりました。」

 とあります。イエス・キリストの御前に罪を悔い改めて、救いを受け取るならば、私たちは義とされ、主の栄光を表すことのできるものなります。

 小坂忠さんというゴスペルシンガーが今も活躍されています。彼は娘さんが大やけどを負うなど、つらい経験をしましたが娘さんが回復し、結婚することが決まった時、本当に喜んで、その喜びを賛美として表わしていくために主に献身しました。主をほめ称えるということは、賛美の中に住まわれる神の御国を私たちが建て上げることです。

●詩篇81:1-4「われらの力であられる神に喜び歌え。ヤコブの神に喜び叫べ。声高らかにほめ歌を歌え。タンバリンを打ち鳴らせ。六弦の琴に合わせて、良い音の立琴をかき鳴らせ。われらの祭りの日の、新月と満月に、角笛を吹き鳴らせ。それは、イスラエルのためのおきて、ヤコブの神の定めである。」

 祈ることは一致を促すものです。夫婦も一緒に祈ることが大切です。私(水野牧師)が台所に立っていた時、妻が楽しいね!と言いました。何が楽しいのか聞いてみると、私と一緒に台所に立てるのがうれしいと言いました。一致して何かをするというのはとても大切なことです。また、クリスチャンが一番一致しやすいのは、神を賛美している時だと言われています。賛美することは天の御国を表しますし、クリスチャンの証でもあります。私たちが一致して、お互いにイエス・キリストのもとにへりくだって仕えて行く時に、そこから幸せや喜び、祝福が流れてきます。

●詩篇134:1-3「さあ、主をほめたたえよ。主のすべてのしもべたち、夜ごとに主の家で仕える者たちよ。聖所に向かってあなたがたの手を上げ、主をほめたたえよ。天地を造られた主がシオンからあなたを祝福されるように」

 歴代下20章では、ヨシャパテ王の時代のことが書かれています。主に仕えたダビデの時代のあと、それぞれの王が偶像を立てるなど、主の御前に悪を行いました。しかし彼は、もう一度ダビデの時代の様に主に仕えることを選び、行った人です。ヨシャパテの時代におびただしい大軍が攻めてきました。そこで彼がまず行ったことは、主の前にひたすら助けを求めたことでした。国民は断食をし、主に祈り、助けを求めました。その時、主は語られました。

●歴代下20:15、17「『あなたがたはこのおびただしい大軍のゆえに恐れてはならない。気落ちしてはならない。この戦いはあなたがたの戦いではなく、神の戦いであるから。この戦いではあなたがたが戦うのではない。しっかり立って動かずにいよ。あなたがたとともにいる主の救いを見よ。ユダおよびエルサレムよ。恐れてはならない。気落ちしてはならない。あす、彼らに向かって出陣せよ。主はあなたがたとともにいる。』」

 それを聞いて、彼らは主の前にひれ伏して主を礼拝し、大声を張り上げてイスラエルの神、主を賛美した、とあります。その後彼らが行ったことは、軍隊を徴収することでも、武器を集めることでもありませんでした。

●歴代下20:21「それから、彼は民と相談し、主に向かって歌う者たち、聖なる飾り物を着けて賛美する者たちを任命した。彼らが武装した者の前に出て行って、こう歌うためであった。「主に感謝せよ。その恵みはとこしえまで。」

 彼らが喜びの声、賛美の声をあげ始めたとき、主は伏兵を設けて、ユダに攻めて来たアモン人、モアブ人、セイル山の人々を襲わせたので、彼らは打ち負かされた。」私たちが主の御声を聞き、それに従う時に賛美は戦いの中で、主を表す大きな力になります。
 しかし、現実は自分の力でなんとかしようとする方は多いのではないでしょうか。がんばって、がんばって、何とかなればいいですが、なんともならないことが多いです。どうぞ、まず神により頼んでみてください。詩篇に神がこのように語られている御言葉があります。

●詩篇81:13-14「ああ、ただ、わが民がわたしに聞き従い、イスラエルが、わたしの道を歩いたのだったら。わたしはただちに、彼らの敵を征服し、彼らの仇に、わたしの手を向けたのに。」

 ですからどうぞ、まず主の御前に出て祈りをささげてみてください。

 主の御前に一致して賛美をささげる時、賛美を住まいとされる神はその臨在を表してくださいます。

●歴代下5:13-14「ラッパを吹き鳴らす者、歌うたいたちが、まるでひとりででもあるかのように一致して歌声を響かせ、主を賛美し、ほめたたえた。そして、ラッパとシンバルとさまざまの楽器をかなでて声をあげ、「主はまことにいつくしみ深い。その恵みはとこしえまで。」と主に向かって賛美した。そのとき、その宮、すなわち主の宮は雲で満ちた。祭司たちは、その雲にさえぎられ、そこに立って仕えることができなかった。主の栄光が神の宮に満ちたからである。」

 主の臨在がある時、主は共にいてくださいます。そして、主の御声を聞き、それを行う時、私たちは本来主が与えてくださっている豊かなクリスチャン人生を送ることができます。まず、神様の御前に出て、一致して祈り、賛美していきましょう。その時主がみずから立ち上がられます。私たちは、神の栄光のために豊かな力ある人生を送っていきましょう。

2004年12月10日更新

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