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「大きな力を受けるには」

- 2005年1月2日 -

水野 明廣 師

詩篇149:1-9

昨年ブラジル系の教会の牧師に会いました。日系ブラジル人は愛知・岐阜・三重で約28万人いるそうです。そして、教会の数は3県で400以上、信徒数も1万8千人を超えているとのことでした。その牧師が言われました。日本のリバイバルの時は来ています。だから、リバイバルのために祈りましょう。私(水野牧師)も「今年は収穫の時」というメッセージを年頭にしましたので、大いに彼らと一緒になって、主に期待しています。

詩篇149:6には、「彼らの口には、神への称賛、彼らの手には、もろ刃の剣があるように。」とあります。神の子供たちがなぜ諸刃の剣を持つ必要があるのでしょう。それは詩篇149:7-9「それは国々に復讐し、国民を懲らすため、また、鎖で彼らの王たちを、鉄のかせで彼らの貴族たちを縛るため。また書きしるされたさばきを彼らの間で行なうため。」・・・です。
しかし私たちクリスチャンは自分で復讐してはいけません。クリスチャンには祭司の務めがあります。

●ロマ12:19「愛する人たち。自分で復讐してはいけません。神の怒りに任せなさい。それは、こう書いてあるからです。「復讐はわたしのすることである。わたしが報いをする、と主は言われる。」」

では、神の名が冒涜され、神の子達が痛めつけられている時、忍耐するしかないのでしょうか。詩篇149:6にある「諸刃の剣」とは「主への賛美」を表しています。私たちクリスチャンが一同に集まり、主への賛美を捧げる時、主ご自身が戦われるのです。そして、「彼ら」の上に神の裁きが下るのです。では、「彼ら」とは誰のことでしょうか。それは、この世の神、この世を支配する者のことです。

●コリントU4:4「そのばあい、この世の神が不信者の思いをくらませて、神のかたちであるキリストの栄光にかかわる福音の光を輝かせないようにしているのです。」
●ヨハネ14:30「わたしは、もう、あなたがたに多くは話すまい。この世を支配する者が来るからです。彼はわたしに対して何もすることはできません。」

世界にはたくさんの指導者がいますが、その多くはこの世の神に牛耳られています。ドイツにあるマリア姉妹会のバジレア・シュリンクさんは亡くなられましが、生前言っていました。心からの賛美と祈りを神へ捧げていなかったことをドイツは悔い改めなければならなかった。そのため、ドイツの指導者はこの世の神によって完全に支配されてしまっていた、と。
賛美の力は、大きな力です。我々クリスチャンが賛美する時、この世の君やこの世の悪しき勢力に神が働いて裁きを下されます。そして、それはあらゆる闇の勢力の霊を縛ることになるのです。

1948年にイスラエルが建国した時、イスラエルにはキリストに反対する熱心なユダヤ宗教家がたくさんいました。ルツさんという宣教師がイスラエルに教会を建て、皆と一緒に礼拝を捧げていたとき、宗教家の彼らは建物を燃やしてしまおうと、火を投げ込もうとしました。しかし、賛美をしている教会に彼らが見えたものは、教会を守っている御使いの姿と、すでに聖霊の火で燃やされている教会だったそうです。それを目の当たりにしてから、イスラエルの中でもキリストを信じるユダヤ宗教家が起こされたそうです。
また、「アルゼンチンの栄光のリバイバル」という本がありますが、1950年初めにプロテスタントのミラー牧師が大統領のために祈れという神の御声を聞きました。それで、大統領に会いにいったのですが、会えるはずもありません。しかし大統領の護衛官が病を癒せるなら、まず自分を癒してみろ、といわれ、牧師は祈ったそうです。そうしたら、病が癒され、大統領に会うことが赦されたそうです。大統領は主に会って解放され、20万人が入る場所で主への集会を起こすことを許可し、そこで賛美が捧げられ、偉大なリバイバルが起こったそうです。

歴代下20章では、ヨシャパテ王のことが書かれています。主に仕えたダビデの時代のあと、それぞれの王が偶像を立てるなど、主の御前に悪を行いましたが、彼は、もう一度ダビデの時代の様に主に仕えた王です。ヨシャパテの時代にアモン人とモアブ人、およびセイル山の人々がおびただしい大軍となって攻めてきました。そこで彼がまず行ったことは、主の前にひたすら助けを求めたことでした。国民は断食をし、主に祈り、助けを求めました。その時、主は語られました。

●歴代下20:15、17「『あなたがたはこのおびただしい大軍のゆえに恐れてはならない。気落ちしてはならない。この戦いはあなたがたの戦いではなく、神の戦いであるから。この戦いではあなたがたが戦うのではない。しっかり立って動かずにいよ。あなたがたとともにいる主の救いを見よ。ユダおよびエルサレムよ。恐れてはならない。気落ちしてはならない。あす、彼らに向かって出陣せよ。主はあなたがたとともにいる。』」それを聞いて、彼らは主の前にひれ伏して主を礼拝し、大声を張り上げてイスラエルの神、主を賛美した

とあります。その後、彼らが行ったことは、軍隊を徴収することでも、武器を集めることでもありませんでした。

●歴代下20:21「それから、彼は民と相談し、主に向かって歌う者たち、聖なる飾り物を着けて賛美する者たちを任命した。彼らが武装した者の前に出て行って、こう歌うためであった。「主に感謝せよ。その恵みはとこしえまで。」彼らが喜びの声、賛美の声をあげ始めたとき、主は伏兵を設けて、ユダに攻めて来たアモン人、モアブ人、セイル山の人々を襲わせたので、彼らは打ち負かされた。」

とあります。私たちが主の御声を聞き、それに従う時に賛美は戦いの中で、主を表す大きな力なのです。

滝本明先生が数年前、素晴らしい甲子園ミッションという伝道集会を開かれましたが、これを準備する時もこの世の勢力と思われる戦いがあったそうです。10年もかけて構想し、準備し、3ヵ月後に開かれるという時になって、あるキリスト教の団体から、滝本明先生を異端とし、団体から除名するという手紙がありました。それを教会で読んだ時、信徒の半分は去っていきました。苦しくて悲しくて辛くて、神に祈るため山に登ったそうです。絶望の中で、祈る言葉さえ失っていました。しかしその時、主の御声を聞きました。それは、ルカ6:28でした。「あなたをのろう者を祝福しなさい。あなたを侮辱する者のために祈りなさい。」そして、涙を流して泣きながら神様に祝福の祈りをしたそうです。脇では一人連れてきた自分の子が聞いたこともない賛美の歌を歌い、その瞬間、勝利の確信を得たそうです。甲子園ミッションの開かれる前に、主が立ちあがってくださるのだという信仰を得ました。そして、甲子園ミッションは大成功を収めました。

私たちが神を賛美する時、日本に働くこの世を支配する悪しき者は縛られ、鎖につながれ、神ご自身が裁きをくだされます。試練や恐ろしいほどの苦しみ、悲しみ悩みの中でも、主を賛美していきましょう。その状況から歌われる歌ほど新しいものはありません。収穫の賛美とは、素晴らしい物を得たことを喜ぶ賛美です。それを得てからではなく、得ることを確信して、共に賛美していきましょう。その時神の大きな力が働かれるのです。

2005年1月9日更新

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