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「力の限り見張ってあなたの心を見守れ」 

- 2005年2月13日 -

水野 明廣 牧師

箴言4:20-23

  20節に「わが子よ、私のことばをよく聞け。私の言うことに耳を傾けよ」、とあります。皆さんも親として、自分の子供に自分の言うことを聞いて欲しいと思うでしょう。神様もそう言われます。「私の言うことに耳を傾け、心に保ちなさい。そうすれば全身を健やかにする。」と。又、「主のみことばを愛する者は、安らかであり、わざわいが来ても平安である」(詩篇119:165)と。
 私たちを愛してくださるが故に、神様は御言葉を心に留める事が幸せになる基いなのだよと切なる思いを持って語られます。みことばを心に蓄えることは非常に大切なことです。パウロは「キリストの言葉をあなたがたのうちに豊かに住まわせ・・・」(コロサイ3.16)と語っています。御言葉を頭に知識として蓄えるのではなく心に蓄えるのです。

 皆さんにお尋ねします。神様は「皆さんを測っておられる」という御言葉があるのをご存知ですか? 黙示録11.1に「・・・神の聖所と祭壇と、また、そこで礼拝にいる人を測れ。」
 神様が調べ測り、値うちを調べておられます。学歴、資格、財産、経験等、それは神様の測りの対象ではありません。神様は何を見られると思いますか?「主は心の値うちをはかられる」(箴言16.2)のです。それが神様の選びの尺度です。サムエルを通してダビデが王として選ばれた時「人はうわべを見るが主は心を見る」(Tサムエル16.7)といわれました。神様は心の値うちを測られるのです。ですから、神様のみことばをよく聞きそれを心に保ち、守り、力の限り心を見張れといわれます。力の限りとは全身の力を振り絞ってということです。教会に集う人々も、成績や出席回数や奉仕でもなく、讃美の上手下手でもなく、一人ひとりの心が主の前で喜ばれるかどうかが大切だと言われます。
 私たちはいつも悔い改めて、自分の心を見張っているつもりなのに、色々な思いが入ってきます。パウロがコリント人へ語った言葉「しかし、蛇が悪巧みによってエバを欺いたように万一にもあなたがたの思いが汚されて、キリストに対する真実と貞潔を失うことがあってはと、私は心配しています」(Uコリ11.3)とあるように、私たちの中には聖霊様から来る思いだけではない。悪い思いが沢山来ます。それを止めることはできませんが、それが巣を作ることを止めることは出来ます。即座に払いのけ悪い思いを心に留まらせないよう、思いをしっかり見張らなければいけません。「わたしたちは、あらゆる高ぶりを打ち砕き、すべてのはかりごとをとりこにしてキリストに服従させ」(Uコリ10:5)様々の穢れた思い、怒り、高ぶり、恨み、自己憐憫、いじけ等が次々と入って来るのを許さないようにするのです。精神学者であり医学者である、ライラン師が語った言葉に、当時世界中の人々が衝撃を受けました。「人間は自分が思うような人にしかなれない」このことを基にして積極的思考、人間啓発の本が沢山出版され、ブームとなりました。

 ロバート・シューラー(テレビ説教者)は常に積極的思考、プラス思考をもとにした説教で、多くの人々の関心を集めています。自分の娘が交通事故で片足を失った時でさえ、娘が生きていることを喜び、感謝と可能性を語り続けました。結局、この娘さんは世界中で自分と同じような境遇の人々の為に、素晴らしい働きをしています。
人間の思い、考えは、私たちに影響を強く与えます。ですから、私たちの思いと考えを変えるなら私たちの人生はかわるのです。イエス様は、私たちの心をとても大切されるので、心の値うちを測られるのです。私たちはどちらかというと感謝の思い、プラスの思いより、マイナスの部分、欠けの部分、又、出来ないこと、失ったことに目を向けがちといわれます。でも、シューラー師は、わずかでも今、有ること、今残っていることに目を向けるのです。マイナス思考は自分の生涯がそのように動き、プラス思考にするなら、可能と希望と喜びがあるのです。ヨブという義人でさえ、「息子達が罪を犯して、心の中で神を呪ったかも知れない。」(ヨブ1:5)と思ったとあります。一瞬思う事はあるでしょう。しかしそれを心に留める事は良くないのです。ですから、イエス様は心を見張りなさいと言われました。心の思い、心の向きが本当に大事なのですよ。ピリピ4:.8に「すべて真実なこと、誉あること、正しいこと、清いこと、愛すべきこと、評判の良い事、徳と思われること、称賛に値することに心を留めなさい」とあり、テモテには「あなたの為に死なれたイエス様の事を心に留めなさい。」とあります。悲しいこと、誤解された、つらいことがあってもイエス様に思いを向けるなら、不思議と平安が与えられます。

 しっかり心を見張るために、二つのことを分かち合いたいと思います。

一、しっかり神の御言葉を蓄えて心を見張ってください。
 人のことを見張るのではなく、自分の心を自分で見張ること。人の徳となることを語ること。欠点をいっぱい数え上げても決してその人はよくならない。
二、良い思いを持てるよう、あきらめないで求め続ける。
 聖霊様が助けて働いてくださるなら、聖霊様からくる霊は臆病の霊ではなく、力と愛とつつしみの霊ですから、良い思いを持ちたくなる。

サタンがもたらす間違った思いを教えましょう。
一、誰からも愛されなければならないという思い。・・・・・全ての人が愛してくれるわけではない
二、誰からも愛されないという思い。・・・・・それでも主は愛してくださる
三、問題や不幸はあの人のせいだという思い。・・・・・99.9%は自分の思いがおかしいと思うべき
四、私の価値観は、私の働きにかかっているという思い。

 御言葉から来る聖霊様が与えてくださる思いを持つ人になってください。「あなたがたの心に苦いねたみと敵対心、そのようなものは地に属し、肉に属し、悪霊に属するものです。」「御霊から来る思いは純真で平和、寛容、温順、また憐れみと良い実とに満ち、えこひいきがなく、みせかけのないものです。」(ヤコブ3:15、17)
神様の御言葉は私たちを建て上げる言葉でいっぱいです。いつも私たちは御言葉を蓄え、良い思い、感謝の思いで満たしましょう。サタンは毎日、皆さんに間違った思いを投げかけています。信仰の戦いの戦場はどこかといいますなら、心です。心が全ての発端です。主から来る思い、御心だけが、心を満たしますように。

2005年2月19日更新

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