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「巡り歩いて良いわざをなし」 

- 2005年2月20日 -

大矢 頭 教師

使徒10:34-44

  今日の聖書箇所のキーワードは、「すべて」です。

「どの国の人であっても」(使徒10:35)、「すべての人の主」(使徒10:36)、「すべての者をいやされた」(使徒10:38)、「すべてのことの証人」(使徒10:39)、「信じる者はだれでも」(使徒10:43)、「すべての人々に聖霊がお下りになった。」(使徒10:44)、これらの「すべて」という言葉は100パーセントを意味しています。
すべてのクリスチャンは神様の特別の恵みに預かっています。特別の恵みに預かった私たちすべてにとって、この地上にあって、イエス様は主なる神様です。イエス様が主、つまり私たちではなく、イエス様が中心です。イエス様が私たちに救いの業をなしてくださったのです。イエス様が私たちに事をなしてくださいました。
私たちはイエス様が行われたすべての事の証人です。今日の聖書箇所に何回も書かれている「すべて」という言葉から、私たちは完成したのではなく、まだまだ発展途上にあるということに気づかされます。またイエス様はクリスチャンにとってだけでなく、全世界すべての人々にとっても主とならなければなりません。したがって、私たちは信じない人々にもイエス様を紹介し、イエス様がしてくださったことを証するために出て行くべきです。「私はクリスチャンです・・・。」これが結論ではなく、世界中すべての人々にとってイエス様が主となることが結論です。イエス様の救い、癒し、解放は教会の中だけではなく、世界中あらゆるところでなされなければなりません。世界中に神様の恵みが完成されていく過程で、私たちもイエス様の働きをしていくのです。この働きをしていくとき、私たち個人に対する神様の恵みを完成させていくことになるのです。ここで最も大切なことは神がともにおられるということです。イエス様は神がともにおられたので良いわざを成し、すべての者を癒されました。(参考 使徒10:39)

何が無くても主がともにおられるなら充分です。私たちがイエス様といつも一緒にいること、100パーセントイエス様だけに頼るという生き方に向かっていくほど、主のみ業が現されていきます。私たちはこれを目指している途上にあります。自分の努力、他人の協力、助言、これらも必要かもしれません。しかし、究極的には神御自身が働かれること、これが見たいのです。たとえ何が無くても、すべてを失った絶望的な苦しい状況にあっても、イエス様がおられるなら大丈夫です。主は私たちとともにおられます。私たちの助け手です。このお方は100パーセントのお方です。イエス様に信頼しましょう。

2005年2月25日更新

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