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「宣教の日」 

- 2005年3月6日 -

金 ヨンシク 牧師

 私はタイにある韓国の教会で牧師をしています。タイのバンコクに行って、19年目になります。韓国では軍牧という制度があります。それは、軍の兵士のためにたてられた牧師です。私はそこで数年間勤めていました。日本の自衛隊にはこの制度がありませんね。どうかこの制度が日本にも取り入れられるよう祈ってください。軍牧として、兵士とより親しくなり、もっと知るために兵と同じ訓練を受けます。飛行機で高いところまで行き、パラシュートで飛び降りる訓練もします。私は宣教で来ていますので,真っ先に飛び降りる必要があります。そうすると、兵士たちも喜んでくれます。また、若い兵士たちは、年配のこの人が飛び降りられるなら自分にもできると、自信をつけることができたようです。
 ある時、訓練のため飛行機で移動していました。その時私は誤って2分早く飛行機から飛び降りてしまいました。飛行機の移動で2分の距離はとても大きいです。予定では何も無い平野に降り立つ予定だったのですが、高圧線の張り巡らされた工場の上に落下していきました。その時私は1分くらい祈りつづけました。「神様!もし助かったらならば私はどこへでも行きます!」と。その時、風もなく、自分で泳いではみたのですが、全然効果がなかったのですが、パラシュートがすっと横に動いて、無事高圧線の横から降り立つことができました。私は神の御手によって命を助けられたのです。
  それからタイのバンコクで宣教師を必要としているという話しがあり、タイへ宣教に行くことになったのです。私はタイで、現地の牧師のためにいったい何ができるだろうかと考えました。そして気が付きました。韓国には牧会者のためにたくさんの本がでています。でも、ここには彼らを励ますような本はありませんでした。そこで、彼らのために本を出版しました。それを現地の人に訳してもらい、今までに10冊ほど出版しています。そうすると、現地の牧師から感謝されるようになりました。また牧会者のための説教もしますし、セミナーにも行きます。タイでは神学校で教えています。ある時はネパールまでいってセミナーを他の牧会者たちと分かちあう時を持ちました。

 日本と韓国の教会は一致してアジアの宣教を覚える必要があると思います。こういう話しがあります。中国人はどこへ行ってもまず食堂を始める、日本人はどこへいっても会社をたてる、そして韓国人はどこへいってもまず教会をたてる、と。タイには観光人が1万人住んでいます。そして韓国系の教会が10ヶ所あります。日本人は4万人住んでいます。日本の教会は10ヶ所です。もし韓国人が4万人住んでいたら40ヶ所の教会がたつと思います。だから海外の地にいる日本人のもとへ宣教師をおくったらよいと思います。信仰をもつことは海外ではもっと優しいように思うのです。韓国では日本のことを話すときこういいます。「近くて遠い国」それは距離的にはどこよりも近いのに、心と心ではとても遠いと感じるからです。しかし最近この距離が近くなることがありました。冬のソナタです。ヨン様です。このことは、日本と韓国がもっと近づく必要があるので神様がこの機会を用いられたのだと思います。

 宣教には4段階があります。
1、まずエルサレムから、アブラハムの信仰で始まり、イエス様が12弟子を世界へ送り出しました。
2、それからイギリスを中心とする世界宣教です。これは約1000年ほどありました。
3、それからアメリカを中心とする世界宣教です。
4、そして、これからの段階で、宣教の火はアジアへ移されました。

 私は、イエス・キリストが言われた地の果てまで福音をのべ伝えるというのは、エルサレムから始まって,エルサレムに戻ることが地の果てだと思うのです。日本人には世界宣教の賜物があると思う根拠があります。それは1972年、東京にいた韓国人記者が韓国に記事を送りました。それはこういうものでした。9月1日、くまが1匹亡くなりました。妊娠中毒で亡くなりました。14人の医師と看護婦らに囲まれて亡くなりました。このくまがなくなり、全国のテレビで放映され、全国民が哀悼の意を示しました。そのくまは日中国交回復のために中国が日本に送ったくま・・・パンダでした。その時私は、くま一匹で日本国民はあんなに哀悼するのなら、1人の魂のために日本の国民は熱心に宣教することができる!と。
 ローマ帝国のシーザーの時代、1人を殺すのに75セント必要だったそうです。ナポレオンの時代は3000ドル。第一次世界大戦では2万1000ドル、第二次世界大戦では20万ドル、もし第三次世界大戦が起こったならば100万ドルかかるのと同じだと言われています。この世の人が人を一人殺すためにこのようなお金を使うならば、一人の魂を救うためにはいったいどのくらいの犠牲を払えばよいのでしょうか。
 アジアの色々の国をまわれば日本人のすることがたくさんあることに気づくでしょう。海外のいたるところでトヨタ社の車が走っています。どうぞ、車が走ったあとを福音をもって走ってみませんか。これからは日本と韓国の教会は手を組んで宣教する必要があるのです。最後の時、ともに宣教する必要がある4つの理由があります。
1、一人の魂も滅びないようにするのが神の切なる願いだからです。
2、次に宣教はイエス・キリストの命令でもあります。マタイ28:19-20「それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」神が共にいてくださるというのは、特に伝道する者とともにおられるという約束だと思います。
3、そして、私たちが宣教する時に心の底からの愛と喜びで満たされるでしょう。伝道するとき、心の底からの喜びや感動を味わうことでしょう。
4、最後に伝道することは、天国に神の報いがあるという約束があります。

 日本に来る前に日本について勉強し、日本の宣教の難しさを感じました。そのときに日本人の一人の証がありました。それはこういうものでした。その方は日本での事業がうまく行かずにアメリカに渡りました。そこでバラの農園をしていました。住居のとなりにはスイス人の夫妻が住んでいました。彼らは熱心なクリスチャンでした。もちろん彼らは日本人のために祈り、心配りをしました。しかし日本人にとっては、よい隣人ではあるが、信仰は受け入れられないと思っていました。それからまもなく第二次世界大戦が始まり、日本人はみなコロラド州に移動しなければならなくなりました。自分たちの農園をそのスイス人夫妻に預けました。彼らは安心して行きなさい。もし私たちを信頼できなくても、私たちが信じている神様を信頼してくださいと言いました。感謝なことでしたが、不安な気持ちを抱えながら出て行きました。それから数年、戦争が終り、戻ってくると、バラ農園は以前のままです。そして、スイス人の夫妻は小さな封筒とカードをくれました。その封筒の中には日本人の方がいない間にバラを売った収益が入っていました。そして、カードにはこのように書かれていました。「主はあなたを新たにします。あなたは新しく出発することができます。」このことによって、彼らは主への信仰を持つことができるようになったのです。日本人は信じるときも大変慎重に信じる。でも、信じたならばその信仰はずっと変わらないと聞いています。
 宣教のともし火が消えた教会はもう教会ではないのです。神様もこの日本の教会が立ち上がって世界宣教に出て行くことを望んでおられます。神が日本の教会を祝福して、宣教の風が、祝福の風が、日本から全世界に流れるようになるのを祝福して祈ります。

2005年3月12日更新

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