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「成功する働き人とは 賢い働き人」

- 2005年6月26日 -

水野明廣牧師

箴言30:24-28

「この地上には小さいものが四つある。しかし、それは知恵者中の知恵者だ。蟻は力のない種族だが、夏のうちに食糧を確保する。岩だぬきは強くない種族だが、その巣を岩間に設ける。いなごには王はいないが、みな隊を組んで出て行く。やもりは手でつかまえることができるが、王の宮殿にいる。」

蟻も岩だぬきも、いなごもやもりも賢いとは思われないですが、聖書では知恵者中の知恵者といいます。それらを見て知恵があるとは思えない、どれも姿かたちは麗しくないし、しかもみんな強くないんです。かといって私たちが守ってあげたいという感じでもないんです。イエス様は空や野にあるものを使って、弟子達や大衆に向かって賢く生きるため現実的にわかりやすく教えられました。蟻を見ると、夏の間にちゃんと食糧を蓄えています。

今朝、ある方が来られ、涙を流しておられました。とても大切な兄弟が突然に召されたんです。詩篇116:15には、主の聖徒たちの死は主の目に尊いと書いてあります。でも私たちの目にはとても悲しいです。さびしいです。みなさん、主に会う備えだけはしておいて下さい。”‥あなたはあなたの神に会う備えをせよ。”(アモス書4:12) 人は明日のことを誇ることは出来ないんです。箴言27:1に書いてありますね。将来の計画は立ててください。でも明日のことなんてわからないんです。その兄弟と一緒に悲しみをおぼえながらもただ悲しいだけで終わらなかったのは、その方はイエス様を信じていらっしゃいました。会えなくなるのは悲しいしつらい。でも聖書には主を信じている聖徒の死は主の前で尊いのです。それはちょうど神の懐に帰るような。天国に行くという確かな素晴らしい備えが出来ているからです。夏のうちにちゃんと働いて食糧を蓄える蟻のように、みなさんも今のうちに主のわざに励んで天国で豊かな人になって下さい。永遠の世界において。主のわざに励んで下さい。(Tコリント15:58)祈る時も精一杯祈って下さい。賛美する時も力一杯賛美して下さい。
そして、主のわざとは、ゆるしです。人を受け入れる事です。愛する事です。どうぞみなさん今のうちにたくさんしておいて下さい。

2番目は、岩だぬき。岩だぬきが良いのは岩の間にちゃんといる事です。クリスチャン生活とはイエス・キリストの上に人生を建てている事です。「土台はイエス・キリストです。」(Tコリント3:11) イエス様は神の言葉です。神の御言葉の上に人生を建てて下さい。「あの人がこんな事を言ったのでやりました。あの人があんな事を言ったのでこの道を選びました。」・・・そう言った人があなたの責任をとってくれるかというとわからない。「でも、主よ、あなたがおっしゃったので」、とみなさんがされて御言葉の上に建って行っていれば、主が責任をとって下さいます。イエス様も父の言葉を語り、行っていました。
お聞きしますが、今朝なぜみなさんは礼拝をしているんですか?人が誘ったから?いえ、そうじゃないんです。主が、父なる神様が礼拝者を求めていらっしゃるからです。イスラエルの民がエジプトの奴隷から救われたのも主に仕えるため、主を賛美するため、主に祭りをするためです。我々の主なる神様は世界中に満ちています。何もかも創造の神の御手の中です。でも、主はイスラエルの賛美を住まいとされる。と書いてあるんです。みなさん働くことだってどうして働くんですか?厳しいですが、御言葉には働かないでは食べてはいけないと書いてあります。また、どうしてみなさん寝るんですか?イエス様は弟子達に休んでいなさいともおっしゃいました。詩篇には徳を備えて休むことが書かれています。私たちがどんな事をするにも主がそう言われたと御言葉によってする時に、もっともっと私たちの人生は確立され、ゆるがないようになるんです。
コロサイ3:17には”‥すべて主イエスの名によってなし‥”と書いてあります。御言葉の上に建つ事。これが岩だぬきから学んだ事です。

3番目は、いなごです。いなごには隊長がいないけどみんな一緒に行動するんです。イエス様にあって世界中の大勢のクリスチャンは一つのからだです。(ローマ12:5、Tコリント12:27) クリスチャンライフは「神の家族」という名前の宗教法人ですね。聖書に書いてあるからそう付けたんです。ということは私達は家族で、他人ではないんです。(エペソ2:19) 集まり礼拝する事について沢山の御言葉があります。集まることによって私達は一つの家族、一つのからだと意識します。

●キリストによって、からだ全体は、一つ一つの部分がその力量にふさわしく働く力により、また、備えられたあらゆる結び目によって、しっかりと組み合わされ、結び合わされ、成長して、愛のうちに建てられるのです。(エペソ4:16) 

私達が建てられ成長するためには、こうして一緒に集まり礼拝する事でもあります。教会にはたくさんの結び目があります。色んな結び目に私達が結ばれれば結ばれるほど組み合わされます。結び合わされてしまうんです。それは抵抗を感じるかもしれません。結ばれるという事は、もし私が突っ張っていると、私の妻が傷むんです。私の妻が突っ張っていれば、私が痛いんです。なかなか上手くいかないんです。面倒だからといって結び目を切ってしまうと成長しなくなってしまうんです。厳しいことを言います。聖書には、「人は人によってとがれる」と書いてあります。私と神様だけだったら、全然問題ないんです。みんなと一緒に何かをやろうと思うと、色んな性格、違った価値観があって私達は学ばされるか突っ張ってはねのけるかのどちらかです。もうあの人もこの人も嫌だとおのれを閉ざしてしまうと成長しなくなってしまいます。(箴言18:1)クリスチャンライフが隊長も司令官もいなくて一致して共に行動するいなごのように、牧師がいなくてもみんなが一致して祈ったら凄いです。結び目がしっかりすると、イエス様のことを知りたくて迷っている人が、一つになって愛し合っているところに来たくなります。 
 4番目は、やもりです。今日は特にこの事をお話したかったんです。やもりは噛み付きませんしおとなしいですよ。ただ格好が悪いだけなんです。教会というのは建物ではありません。教会とは、キリストの目的のために集められたクリスチャンの集いの事を言っているんです。イエス様の目的のため、主を礼拝し、主に仕え、主の栄光をあらわすために集まっていることが教会です。そして私達がこの教会の中にいることが主の宮にいる事です。”尊厳と威光は御前にあり、力と光栄は主の聖所にある。”(詩篇96:6)本当の力は、主の聖所にあること。そして、私達がそれを体験する事です。私達が集うことが重要であることを改めて認識させます。私達は、お互いを通してへりくだり学んでいくことによって、私達の内なる人が変えられていきます。結ばれた私達が主の宮という意識で共に主に仕えていくときに、神の臨在があふれてきます。ダビデは一つのことを願いました。それは、主の家に住むことです。(詩篇27:4)私達が集まって礼拝する中で、主は力と栄光をあらわされるからです。主がもっと栄光を受けられあがめられる賛美をしていく事が大切です。自分の心がついていかない時があります。でもこの歌を主に歌ったら、この告白をしたらもっと主が喜んでくださると主に焦点を合わせて私達が賛美することが大事です。

主の御名があがめられ栄光、誉れ、尊厳、力、とこしえに神に子羊イエスにあるようにと天国にあるような賛美がささげられていく時に、力があらわされます。皆さんも力を受けます。主の宮にいるということは、私達の姿かたちがどうであろうとも、人々に全然見向きもされなくても、どう思われようとも、主の家を私の住まいとすることです。やもりは人が見て注目し素敵だとは言われません。嫌がられます。でも、やもりは王宮に住んでいるんです。これが賢いんです。詩篇73:28には、”しかし私にとっては、神の近くにいることが、しあわせなのです。”とあります。時々、自分が恵まれていることが見えなくなることがあります。ダビデは、「なんと幸いなことでしょう。あなたの家に住む人たちは。‥‥」と言いました。イエス様は、悪霊追い出しをしたり奇跡を行って、神の素晴らしい業を体験し感動している人々に対して、あなたの名前が天に書かれていることを喜びなさいとおっしゃいました。ですから私達は皆喜んでいていいんです。地上にいるけど天に国籍が移されたんです。もっともっと主の喜ばれる礼拝を目指していこうではありませんか。もっと主がたたえられて、イエス様だけが注目されますように。

2005年7月2日更新

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