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「聖霊様の素晴らしさを味わう」

- 2005年12月4日 -

水野 明廣 牧師

聖句:イザヤ11:2-3 

 旧約聖書にはイエス・キリストのことを知らないのに、その誕生を預言した個所が多くあります。

●イザヤ11:1-5 「エッサイの根株から新芽が生え、その根から若枝が出て実を結ぶ。その上に、主の霊がとどまる。それは知恵と悟りの霊、はかりごとと能力の霊、主を知る知識と主を恐れる霊である。この方は主を恐れることを喜び、その目の見るところによってさばかず、その耳の聞くところによって判決を下さず、正義をもって寄るべのない者をさばき、公正をもって国の貧しい者のために判決を下し、口のむちで国を打ち、くちびるの息で悪者を殺す。正義はその腰の帯となり、真実はその胴の帯となる。」

●イザヤ9:6 「ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。ひとりの男の子が、私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は『不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君』と呼ばれる。

●イザヤ61:1「神である主の霊が、わたしの上にある。主はわたしに油をそそぎ、貧しい者に良い知らせを伝え、心の傷ついた者をいやすために、わたしを遣わされた。」

 これらの御言葉はイエス・キリストのことを表しています。イエス・キリストの誕生は800年も前にイザヤによって預言されていました。当然イザヤはイエス・キリストのことは何も知りませんでした。時代を超え、ダビデやその他の異なる人々によって、ただお一人の方の誕生は預言されていました。これは、人の為せる業ではありません。すべて御霊に満たされて語られた預言であったから、一致した預言がなされたのです。
 聖書は、ある見方によって3つの時代に分けられるといいます。(旧約の)父なる神の時代、(神が人の姿をとられた)御子イエス・キリストの時代・(イエス・キリストが天に上られた後の)聖霊の時代です。ですから今は聖霊の時代です。

●ヨハネ14:26「しかし、助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、また、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。」

 私たちはどのように聖霊様の素晴らしさを知り、歩むことができるのでしょうか。初めに、イエス・キリストを受け入れることです。イエス・キリストは私たちの罪の贖いのために十字架で死なれ、そして、死に打ち勝って蘇られました。イエス・キリストが自分の救い主だと告白するなら私たちはイエス・キリストによって生きるのです。

●ヨハネ6:57 「生ける父がわたしを遣わし、わたしが父によって生きているように、わたしを食べる者も、わたしによって生きるのです。」

 次に、イエス・キリストの名によって聖霊を求めるならば与えられます。そして、イエス・キリストの名による祈りを通して聖霊との交わりを継続し、その思いを知って日々歩むことは素晴らしいことです。

●Tコリント1:9 「神は真実であり、その方のお召しによって、あなたがたは神の御子、私たちの主イエス・キリストとの交わりに入れられました。」神様は私たちを愛しているので交わることをとても望んでおられます。
●ヨハネの黙示録3:20 「見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは、彼のところにはいって、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。」

 キリストご自身もよく祈られました。そして、御霊によって歩まれ、御霊はイエスキリストとともにありました。

●Tヨハネ1:3「私たちの見たこと、聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、あなたがたも私たちと交わりを持つようになるためです。私たちの交わりとは、御父および御子イエス・キリストとの交わりです。」

 このように神は交わることを望んでおられます。人間同士の間でも、交わりをしていないことによって生まれる問題はとても多いのです。親の心を知らない子供が万引きをしたり、夫婦間でもすれ違いによって誤解と亀裂ができたりします。そこに深い愛の交わりが継続してあったならば、防げた可能性は充分にあります。パウロが数々の困難と試練の中で圧倒的な勝利者としての歩みができたのは、聖霊との交わりが格別に強かったからではないでしょうか。パウロはそれを知っていたので、コリントの人々に次のように言葉を送っています。

●Uコリント13:13「主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがたすべてとともにありますように。」

 神がさらに私たちを聖霊の力で満たすために試練の中で訓練されることがあります。イエス・キリストも、試みに会いました。「さて、聖霊に満ちたイエスは、ヨルダンから帰られた。そして御霊に導かれて荒野におり、四十日間、悪魔の試みに会われた。」(ルカ4:1-2)その試みに御霊にあって勝利してからの働きは次の御言葉からもわかります。「イエスは御霊の力を帯びてガリラヤに帰られた。すると、その評判が回り一帯に、くまなく広まった。」(ルカ4:14) ここに聖霊に満たされた方の歩みを見ることができます。

●ヨハネ16:13-14「しかし、その方、すなわち真理の御霊が来ると、あなたがたをすべての真理に導き入れます。御霊は自分から語るのではなく、聞くままを話し、また、やがて起ころうとしていることをあなたがたに示すからです。御霊はわたしの栄光を現わします。わたしのものを受けて、あなたがたに知らせるからです。」
 
 このように、いつもイエス・キリストの栄光を証しするようになります。
 聖霊に満たされて歩んでいきましょう。

●ガラテヤ5:16「私は言います。御霊によって歩みなさい。そうすれば、決して肉の欲望を満足させるようなことはありません。なぜなら、肉の願うことは御霊に逆らい、御霊は肉に逆らうからです。この二つは互いに対立していて、そのためあなたがたは、自分のしたいと思うことをすることができないのです。しかし、御霊によって導かれるなら、あなたがたは律法の下にはいません。」
●ガラテヤ5:25「もし私たちが御霊によって生きるのなら、御霊に導かれて、進もうではありませんか。」
●Uコリント3:16-17「しかし、人が主に向くなら、そのおおいは取り除かれるのです。主は御霊です。そして、主の御霊のあるところには自由があります。」

 御霊にある心の解放を得て、日々聖霊に満たされて導かれていきましょう。

2005年12月10日更新

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