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「豊かな収穫の時」

- 2006年1月1日 -

水野 明廣 牧師

聖句:Uコリント6:2

  昨年、私(水野牧師)は一つの幻を見ました。緑の牧場が見えて、その谷間には素晴らしい実りが見えました。また、牧師の集いの中で、何人かの方から、私(水野牧師)を見ていると、素晴らしい収穫がやってくるという思いが与えられます。とも言われました。9月の按手聖会でも、これから、もっと素晴らしい収穫がもたらされる、収穫と多くの実が残るように祈りなさい、と言われました。

 Uコリント6:2の「時」という言葉は、私たちが使う一定の月日を指すものではなく、“神が予め定められ、備えられた時”という意味があります。ヨセフの人生を見ても、神の見事な時の計画に驚かされます。ヨセフの人生の前半は、奴隷として売られ、濡れ衣の罪で投獄されました。その牢獄のなかで、他の囚人の夢を解きあかし、さらにそれから数年たってから、彼の人生は180度変わります。囚人から大国の大統領の地位まで与えられるようになりました。それはすべて、神の大きな計画の中ですべてのことが益となるよう行われたことでした。このように、神の時というものがあります。
 しかし、ヨセフの優れたところは、どのような環境や状況にあっても、ただまっすぐに主を見上げて聖霊に満たされていたことです。奴隷の時代にも、主はヨセフと共におられ、ヨセフを祝福しておられることがその主人にはわかりました。囚人となった時には、監獄の長もそれがわかりました。本当の神への信頼というのは、現実が理性を超えてよかろうが悪かろうが、なぜ?と思うような時にも、神を信じ、心を受け渡すことです。

 私(水野牧師)の知り合いにフローレスという牧師がいます。彼は戦争を体験しました。そのため、降伏して捕虜にされることがどんなにひどいことか知っていました。だから、神に降伏する、ということが恐ろしくてできなかったそうです。しかし、それから十数年、様々な体験をし、神に降伏するしかない!自分をすべて神に委ねよう!そう決心せざるえないところに来ていました。そして、フローレス牧師は神に自分のすべてを明け渡す決心をしたそうです。その瞬間、神が暖かく抱いてくださったのを感じました。愛に抱かれるとはこんなに素晴らしいことだったのか、とわかったそうです。
 この世に自分のものであると思っていても、そうであるものは実は何もありません。すべては神が与えてくださったものなのです。ジャック・ヘイフォード牧師もまた最も尊敬される牧師の一人です。素晴らしい賛美を何曲も作り、本も何冊も書かれています。でも、そのような力は順調な人生から生まれてきたのではないことを私(水野牧師)はよく知っています。「マジェスティ」という歌はヘイフォード牧師の作られた歌ですが、悲しみと苦しみとつらい体験の中から生まれたものです。神は私達の考えをはるかに超えて素晴らしいお方です。理性を超えた事柄が起こる時や、理不尽な環境の中でも神はただお一人です。その神を信じきり、委ねきるときに、私達の心は平安の中に留まることができます。そして、神を待ち望むことができます。

●詩篇65:1-13 「神よ。あなたの御前には静けさがあり、シオンには賛美があります。あなたに誓いが果たされますように。祈りを聞かれる方よ。みもとにすべての肉なる者が参ります。咎が私を圧倒しています。しかし、あなたは、私たちのそむきの罪を赦してくださいます。幸いなことよ。あなたが選び、近寄せられた人、あなたの大庭に住むその人は。私たちは、あなたの家、あなたの聖なる宮の良いもので満ち足りるでしょう。私たちの救いの神よ。あなたは、恐ろしい事柄をもって、義のうちに私たちに答えられます。あなたは、地のすべての果て果て、遠い大海の、信頼の的です。あなたは、御力によって山々を堅く建て、力を帯びておられます。あなたは、海のとどろき、その大波のとどろき、また国々の民の騒ぎを静められます。地の果て果てに住む者もあなたの数々のしるしを恐れます。あなたは、朝と夕べの起こる所を、高らかに歌うようにされます。あなたは、地を訪れ、水を注ぎ、これを大いに豊かにされます。神の川は水で満ちています。あなたは、こうして地の下ごしらえをし、彼らの穀物を作ってくださいます。地のあぜみぞを水で満たし、そのうねをならし、夕立で地を柔らかにし、その生長を祝福されます。あなたは、その年に、御恵みの冠をかぶらせ、あなたの通られた跡にはあぶらがしたたっています。荒野の牧場はしたたり、もろもろの丘も喜びをまとっています。牧草地は羊の群れを着、もろもろの谷は穀物をおおいとしています。人々は喜び叫んでいます。まことに、歌を歌っています。」

 今年、皆様にヤベツの様に祈り求めて欲しいと願っています。ヤベツは悲しみの中から生まれ、その意味の名前がつけられていました。しかし、彼は大胆に神の御前に自分を大いに祝福してくださいと祈り求めました。今も同じ主が私たちに働いておられます。多くの魂が主によって救われるよう、より一層祈り求めていきましょう。クリスチャン人生に無益な体験は一切ありません。神は公平で公正に裁かれる方です。だから私たちが手抜きをすれば当然その結果もついてきます。主を真剣に求めていきましょう。試練の中でも、大変な状況にあったとしても、次の御言葉にあるよう告白していきましょう。

●詩篇23:5-6「私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえ、私の頭に油をそそいでくださいます。私の杯は、あふれています。まことに、私のいのちの日の限り、いつくしみと恵みとが、私を追って来るでしょう。私は、いつまでも、主の家に住まいましょう。」

 私たちがこのような生活をすることができることを願います。

2006年1月5日更新

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