トップページへ神の家族キリスト教会

 

- 2006年2月12日 -

水野 明廣 牧師

聖句:イザヤ 58:6

  「私の好む断食は、これではないか。悪のきずなを解き、くびきのなわめをほどき、しいたげられた者たちを自由の身とし、すべてのくびきを砕くことではないか。」

 神様は非常に私たち人間を愛し気にかけてくださっています。しかし、人間は生まれながら持っているもの、育ち、その環境、また考え方にとらわれ汚染されています。「神は私を嫌っておられるのでは、私に不満足なのでは・・・」と考えます。しかし、神は私たちを喜んでくださりとても気に入ってくださっているのです。ですから、主は私たちが祝福の人生を送るよう主ご自身が十字架上ですべての呪いをうけてくださいました。このイエス様を信じるとき、アブラハムが神様を信じて大いに祝福を得たように、私たちも大いなる祝福を受けるのです。このことをしっかり受け取り、色々な思い煩いをして祝福を奪われないようにして下さい。人間は一寸した事にもすぐ苛立ってしまい、ひがみ、祝福をこぼしてしまいます。小さなことによって素晴らしい祝福をこぼさないようにしましょう。

 また、主は呪うものを祝福しなさいといわれました。そうしましょう。何故なら蒔いたものは刈り取るからです。アバラハムも失敗しながら成長しました。そして豊かに祝福されました。私たちも失敗した時すぐ悔い改めるなら主は赦し祝福して下さいます。

●「わたしの思いは、あなたがたの思いと異なり、わたしの道はあなた方の道と異なるからだ。」(イザヤ55:8) 
●「必ずわたしの望む事を成し遂げ、わたしの言い送った事を成功させる。」(55:11)

 と主は言っておられます。

 神様は、威張って高い所におられるのではなく、へりくだったお方ですからへりくだらないと主とお会いできません。この世にある全てのものは主のものなのです。それらを主は私達に与えてくださいました。私達が与えられた物の中からその一部を主にお返しする事は、主に喜ばれる事です。与える事は受けるよりも幸いです。

●「私の好む断食は、これではないか…・・飢えた者にはあなたのパンを分け与え、家のない貧しい人々を家に入れ、裸の人を見て、これに着せ、あなたの肉親の世話をすることではないか。そのとき、暁のようにあなたの光がさしいで、あなたの傷はすみやかにいやされる。あなたの義はあなたの前に進み、主の栄光が、あなたのしんがりとなられる。そのとき、あなたが呼ぶと、主は答え、あなたが叫ぶと『わたしはここにいると。』と仰せられる。もし、あなたの中から、くびきを除き、うしろ指をさすことや、つまらないおしゃべりを除き、飢えた者に心を配り、悩む者の願いを満足させるなら、あなたの光は、やみの中に輝き上り、あなたの暗やみは、真昼のようになる。」(イザヤ58:6〜10)
●「よるべのない者に施しをするのは主に貸す事だ。主がその善行に報いてくださる。」箴言19:17

 もしその善行によって失敗が生じたとしても、主は不思議な方法で助けてくださいます。主の報いは素晴らしいからです。

●「幸いなことよ。弱っている者に心を配る人は。主はわざわいの日にその人を助け出される。」(詩41:1) 

 私達の教会クリスチャンライフは、豊かに与える教会でありたいと思います。主は私達を喜んでくださっています。私達も主を喜んで、主に喜ばれる事をしましょう。その事をするにあたって、大事な事を二つ言います。

1.決して与える側が優れていると思わないでください。
2.へりくだってこの業をして下さい。

「あなたは、施しをするとき、右の手のしていることを左の手に知られないようにしなさい。あなたの施しが隠れているためです。そうすれば、隠れた所で見ておられるあなたの父が、あなたに報いてくださいます。」(マタイ6:3-4)

2006年2月19日更新

先頭へ

戻る